表紙
明日を抱いて
 87 打ち明け話




 マクレディ家までの二○分ほどの道のりで、ジョーディは珍しく口数多く話した。 それも、これまで誰にも語らなかったこと、この土地に来る前はどうしていたか、という過去と現在についてだった。
「親父は鉱山の技師だったんだ。 母さんが死んでからはずっとおれを連れ歩いてた。 他に身寄りがいなかったから。 カリフォルニアやメキシコまで行ったことがあるよ」
「かわいがってくれたのね」
「ああ。 いい親父だった。 でも、知り合いに呼ばれてアラスカへ行くなんて馬鹿な真似をして、消えちまった」
 ジェンはぞっとした。
「消えた?」
「そうだ」
 ジョーディはつらそうに呟いた。
「無法地帯で行方不明になったのさ。 珍しくシアトルの下宿におれを置いて出かけたから、危険なのはわかってたんだろう」
 たった一人で残された子供がどんなに心細かったか、考えただけでジェンは胸が痛くなった。
「前払いしていた宿の家賃が切れて、ああもう帰ってこないんだとわかった。 無事なら這ってでも戻ってくる。 それでも宿のおかみさんがいい人で、その後一ヶ月はただで置いてくれた。 もちろん手伝いはしたさ。 ただ、やっぱり帰ってこなかったんで、同じ下宿屋に泊まってた劇団に入ったんだ」
 一ヵ月半も同じ宿に寝泊りしていたため、情が移った彼らが下っ端の劇団員にしてくれたという。 彼ら旅役者たちと共に、ジョーディは大陸を巡業し、シカゴまで来たところで今の養い親に出会った。
「その人には子供がいないんだ」
と、ジョーディは淡々と語った。
「おれのどこをいいと思ったかわからないんだが、ともかく引き取ってくれた。 話がうますぎるって団長は警戒してたよ。 インチキ野郎だってわかったら、すぐ逃げ出して戻ってこいと言ってくれた」
「でもインチキじゃなかったのね?」
 答えは一秒ほど遅れた。 それからジョーディは背負っている竿を外してジェンに見せた。
「これ、三○ドルもするんだって」
「うわ」
 工員の日給が二ドルぐらいの時代だ。 三○ドルの釣竿は高級品だった。 きれいにしなる竿を背中に戻すと、ジョーディは別に自慢するでもなく、むしろ地味な口調で続けた。
「こういうの買ってくれるぐらいだから、おれを息子にするという気持ちは変わってないんだろう。 自分の入っていた学校にも入れてくれたし」
 そこで一瞬、彼の眼が泳いだ。 だがすぐ気を取り直して、ジェンに微笑みかけた。
「今の父は忙しい人で、こっちへなかなか来られないんだ。 でも悪い人間じゃない。 ついでに言うと、おれも悪いやつじゃないよ」
 急におどけた口調になったので、ジェンは吹き出した。
「誰も悪い人だなんて言ってないわ。 その逆よ。 あ、もうじきうちに着くけど、おとうさんが愛想悪く見えても気にしないでね。 無口で照れ屋なだけだから」
「わかった」
 それでもジョーディは、少し緊張している様子だった。





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