表紙
明日を抱いて
 86 家へ行こう




 ジョーディの釣りの腕前がいいのか、それとも上等なソーセージの餌が効いたのか、たぶん両方が理由だと思うが、彼が釣り針を投げ入れたとたん、もう魚が食いついた。 それからは入れ食い状態で、五分もしないうちに、ジョーディは竿を立ててしまった。
「これ以上釣っても食べきれないな。 君ん家は魚食べるかい?」
 うろこを光らせてびくの中を泳ぎまわる魚を、ジェンは興味しんしんで覗きこんだ。
「お母さんは料理できると思うわ。 ただ、川魚には虫がいるって聞いた」
 ジョーディは淡々とうなずいた。
「そうだよ。 だからよく焼いて、内臓にはさわらないようにしてる。 魚の内臓なんて普通は食べないけどな」
「これ、何ていう魚?」
「ブルーギルだ」
 いつの間にか、二人はまた自然に話せるようになっていた。 ちょっとした海のように大きな湖のおかげで、ミシガン州の西側はそんなに気温が上がらず、さわやかで過ごしやすい。 そして二人がいるのは、木漏れ日が光のレースを作る落葉樹に囲まれた川岸だ。 川面から涼しい風が吹きわたってきて、ジェンは思わず大きく息を吸った。
「この州は美しいわ。 東海岸にもきれいなところは沢山あるけど、ここはどこに行っても水と緑と太陽が一杯で」
「田舎が好き?」
「そうね」
 ジェンは驚いてそう答えた。 これまで自分でも悟っていなかった。 でも考えてみれば、ビルが立ち並び大きな百貨店やレストランが軒を連ねる都会を懐かしいと思ったことは、ここへ来てから一度もなかったのだ。
「一生ここにいてもいいわ」
 ジェンは木に寄りかかって断言した。 ジョーディはびくを持ち上げ、ジェンをまっすぐ見て、さりげなく口にした。
「魚、君ん家まで持っていくよ。 新鮮なほうがいいだろう?」
 ジェンは目を丸くした。 そして喜んだ。
「じゃ、行きましょう。 案内するわ」
「え?」
 ジョーディは驚き、明らかにとまどった。
「一緒に歩いて?」
「もちろんよ! 表通りを堂々と帰っていくのに、あのふたりは怪しいなんていう人はいないわ。 もと同級生なんだし、高校でもそうなるかもしれないし。 それにね、パイク先生にやりかえしてくれたって聞いたおとうさんが、一度連れておいでって。 ちょうどいいわ♪」
 ジェンはすっかり嬉しくなり、まだ当惑顔のジョーディをうながして、並んで歩き出した。
 





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