表紙
明日を抱いて
 85 これが本心




 それからジョーディは、近づいてきた川岸に視線を戻して、話題を変えた。
「最近ここに来なくなったね」
 ジェンは思わず顔を伏せた。 別に約束していたわけではないが、木曜日にはいつもトレメインの岸で落ち合い、ジョーディがかわいがっているカワウソやオコジョなどを観察して、澄んだ水を泳ぐ魚達の名前を教えてもらい、こっちは村で仲良くなったおじさんおばさんや店で扱っている品物のことなどを語ってきかせて、いい情報交換をしていたのだ。
「あなたが女の子ならね、いつでも会いに来られるんだけど」
 するとジョーディは小さく笑った。
「やっぱりか。 パイクの野郎のいい子ぶったお説教のせいだったんだな」
「あなたがどうってことじゃないのよ」
 ジェンは慌てて付け加えた。
「あなたのことは信じてるもの。 友達と恋人の違いもわかってるし」
 ジョーディは立ち止まり、肩から立派な釣竿を下ろして、腰に下げている袋を開いた。
「ほんとに?」
 ジェンは困って赤くなった。 我ながらわかったようなことを言ってしまった気がした。
「たぶんね」
「じゃ、好きな子がいたんだ。 前に」
 ジェンはますます当惑した。
「うーん、いたような、いないような。 赤ちゃんのときに、おば……おかあさんのお乳が出なくてね、乳母さんに頼んでたの。 古風ですてきでしょ? 牛乳なんかじゃなくて。 そのとき、一緒に育てられた男の子がいたの。 ピーターって子」
「ふーん」
 ジョーディは興味なさそうに呟き、袋からソーセージのかけらを出して釣り針につけた。
「だから彼とは特別な仲良しなのよ。 初恋っていうのとは少しちがうと思うんだけど」
「一緒におむつ替えてた仲じゃな」
 面白そうに言ってから、ジョーディはふと尋ねた。
「その子、どんな顔してる?」
「え? ピーター? そうね……」
 驚いたことに、ジェンはすぐ説明できなかった。 ピーターの顔がとっさに思い出せないなんて初めてだった。
「金髪で、眼がグレイで、きりっとした顔立ち。 冬に会ったら、ずいぶんハンサムになってたわ」
 金髪? とジョーディは呟き、いぶかしげな表情になった。
「君は黒い髪が好きだってリリアンが言ってたぜ。 だからちょっといい気分だったのに」
 冗談っぽい言い方だった。 それでジェンもつられて、ずっと気になっていた小さな嘘を白状した。
「ああ、それは、みんなで好きなタイプを話し合ったときのことね。 私には特になかったから、できるだけ学校の男子とかぶらないようにしたの。 つまり、どこにもいない男の子。 その後であなたが転校してきて、みんなに言われたわ。 現れたじゃない、あなたの王子様がって」
 するとジョーディは笑い出した。 ジェンも迷いながら笑顔になった。 ジョーディは首を振りながら笑い続け、終いに餌の袋を地面に落としてしまった。
 拾い上げたとき、まくりあげた袖の下から二の腕の筋肉が張り詰めているのが見えた。 たしかに彼は男の子というより、男に近かった。 ジェンは不意に胸が詰まるような感じがして、あの腕にさわってみたらどんな感触だろうと、密かに思った。
 ようやく笑い止むと、ジョーディは言った。
「じゃ、君の本命は金髪なんだ」
「ちがう」
 ジェンはすぐ打ち消した。 自分でも驚くほど強い口調で。
「髪の色なんかどうでもいいわ。 真っ赤っ赤でも、もしいたら紫色でもね。 私の理想は……そうじゃない、私が見つけたいのは、私が私だから一緒にいたいと思ってくれる人。 そして私もそう思える人。 うちの両親みたいに」
 気が付くと、ジョーディから笑顔が消えていた。 そして低い声で注意した。
「ここ、よく釣れるんだ。 ちょっと離れていてくれ。 釣り針がぶつかると危ないから」





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