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明日を抱いて
 81 湖に行く日




 エイプリルは明るいわりに考え深く、あまり失敗をしない性格だが、今度はミスった。 天気のよさに、つい喜びすぎたのだろう。 マージの家はすぐ近くなのに電話をかけて、晴れてたら水曜の午後に集まろうね、と日付や時間まで知らせてしまった。
 結果、火曜日までにほぼ村中の人が、この辺りで特に美人な女子達がいっせいに湖へ泳ぎに行くのを知った。 そして一部の者達がそわそわしはじめた。


 めでたくも、水曜日は朝からカンカンの晴れだった。 招かれた少女たちは全部で十二人いて、そのほとんどがやって来た。 ダメだったのは元生徒会長のサリーだけで、妹の一人が熱を出したため見ていてやらないと、と、残念そうに近所のデビーにことづけてきた。
 一行は笑いさざめきながら徒歩で出発し、十分ほどで目的のハロガン入り江と呼ばれている岸辺に到着した。 ここは潅木の大きな集落があって、人目につかず着替えができるし、水から上がったときも目立たない。 みんなはタオルや着替えの入ったバスケットを物陰に置き、思い切り良く服を脱ぎ捨てて、ジャブジャブと波打ち際に入っていった。 ミシガン湖ほどの大きさになると、海でなくても波は立つのだ。
 ここ数日間の晴れ続きで、水は思った以上に温かくなっていた。 少女たちは安心してはしゃぎまわり、マージが持ってきた大きなゴムボールを投げ合って遊んだ。 中学はもう卒業して、高校入学は一ヵ月半も先の話だ。 みんな安心して開放感にひたっていた。
 十五分も遊ぶと、体が冷えてくる。 一行は肩をすくめて水から出て、砂浜に敷物を広げて甲羅干しを始めた。 ごろごろしながらいろんな話に花を咲かせていたとき、突然少し離れたところで騒ぎが勃発した。
 金切り声とドタッという肉弾戦の響きに、敏感なリリアンが真っ先に反応した。 悲鳴をあげて自分のバスケットのところへ飛んでいき、タオルを体に巻きつけて縮こまった。
 たちまち他の少女たちも同じ状態になった。 手回しよくガウンを持ってきていたエイプリルが、さっと羽織って立ち上がると、落ちていた棒を素早く手に取った。
 ジェンはもっと用心していた。 家を出るときコニーに言われて、銃身を半分に切った散弾銃を持ってきたのだ。
「大勢で行くから、何か出てきても防げると思うけど、たまに浮浪者が通ることがあるから用心しないと」
 そう母は言った。
 ジェンが銃を出して弾をこめているのを見て、少女たちが一斉に寄ってきた。 そのとき六○ヤード(五○メートルほど)上の茂みから白いハンカチが突き出てきて、左右に揺れた。 そして男の澄んだ声が、静まり返った岸辺に響き渡った。
「もう大丈夫だ! 覗きしてやがったんだ。 ぼこぼこにして追っ払ったから!」
 少女たちは顔を見合わせた。 ポリーが砂の上に座りなおして呟いた。
「あの声……もしかしてデューク?」
「わっ」
 デビーが囁き、タオルを掻き合わせるかわりに胸のあたりを少し広げた。 他の少女たちもデュークと聞くとそわそわし出して、中には頬を染める子もいた。
 ジェンは一瞬とまどったが、すぐ思い出した。 去年学校が始まったとき、エイプリルともめた兄弟の一人だ。 デューク(公爵)とアール(伯爵)、それにバロン(男爵)の三兄弟だった。
 やがて大きな姿が茂みの後ろから立ち上がったので、女の子たちの悲鳴が上がった。 しかしデュークは礼儀正しく後ろ向きで、金色の後頭部とクロスしたズボン吊りしか見えなかった。 暑いから上半身裸のまま、オーバーオールだけ穿いていたのだ。
「おれともう一人で見張ってるから、ゆっくり遊びな。 ただし、あと一時間」
「もう一人?」
と、リリアンが喉に詰まった声で言った。 するとエイプリルがはっきりした声で叫び返した。
「もう一人って誰?」
 デュークののんびりした声が返ってきた。
「知らない。 でもいい奴だよ。 岩陰で本読みながら見張りしてたんだ。 おれが来る前から」
「その人、覗いてなかった?」
「いや、まったく。 勉強してたみたいだよ」
「それで、あなたは何しに来たの?」
 冷静に問いかけたのはマージだった。 デュークの後頭部が少し揺れ、やや声が鈍くなった。
「おれも見張りだ。 噂を聞いてびっくりしたんだ。 危ないにきまってるじゃないか。 もう子供じゃないのに」





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