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80 夏の盛りに
その夏は、例年にくらべて気温が上がらなかった。 冷害というほどではなかったが、トウモロコシの出来は去年の九割に留まり、ミッチは渋い顔で畑を見て回っては、ジャックやレニーと相談して肥料と水撒きの工夫をしていた。
ただ、不足の分はビートとじゃがいもの育ちがよくて、なんとか補えた。 しかもうれしいことに、涼しい気候で牛が夏ばてを起こさなかったため、牛乳がたっぷり取れて質がよく、バター工場に高値で売れた。
「悪いことばっかりじゃないな。 このまま行ってハリケーンなんぞが来なければ、赤ん坊が双子でも大丈夫だ」
ミッチが珍しく冗談を言ったので、ジェンは目を丸くし、コニーはお腹をさすって笑った。
「双子じゃないわ。 ジェンのときとほとんど変わらないもの」
そう言ってから、急にコニーは真顔になって下を向いた。 どうしても辛い別れを思い出してしまうのだ。
「今でも姉さんが憎らしくなるときがあるの。 こんないい子に育ててもらって身勝手なのはわかってるんだけど。 私はジェンが伝い歩きした姿も、初めて話した言葉も知らない。 人形遊びをしていたころから、自分の子供がほしくてしかたがなかったのに」
「だから神様が、もう一度チャンスをくれたんじゃないか」
ミッチがそう言って妻の丸くなった体を引き寄せた。 今度こそ女二人はあんぐりと口を開けた。
「神様〜?!」
「信じられない!」
不信心で、教会なんか大嫌いだったミッチ・マクレディが、神の恩恵を口にするなんて! あっけに取られた家族に、ミッチはいかにも彼らしい言葉を吐いた。
「神がやっとおれのほうを振り向いてくれるようになったからな。 認めるものはちゃんと認めてやらんと」
「まあ、神様にいばってる」
コニーがささやき、ジェンは何となくじーんとなって、義理の父を見つめた。 ミッチの若い頃の苦労が、やっと報われる日が来たのだ。 この幸せがいつまでも続きますようにと、ジェンは心から祈った。
七月に入ると、太陽は輝きを増し、やっと湖に出かけても泳げるぐらいまで気温が上がった。 待ちかねていたエイプリルは、さっそく仲間たちに伝言を回して、水曜日の昼食後にマージの家の前で待ち合わせようと決めた。
すでに村の半分以上の家に、電話が引かれていた。 カイリーという郵便局の職員が電話交換手もしていて、奇妙な金切り声で番号を訊いてくるので、空き缶おばさんという仇名がついていた。 おばさんは仕事が正確で、いい交換手だが、このところ電話が増えすぎて一人では手が回らなくなりつつあり、もうじき助手を雇うだろうといわれていた。
ともかく電話網はまだ一つ。 全部が親子電話みたいなものだ。 誰かがかけると、たいていカチッという音がして、暇人がこっそり聞いているため、電話で重要なことを話すのは無理で、エイプリルの父親などは町へ出たときに大事な用をすませることにしていた。 または手紙のやりとりで。
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