表紙
明日を抱いて
 79 楽しい過去




 後の大きな行事は卒業式だけだった。 その式で学校教育を終える子がクラスの三分の一ぐらいいて、ジェンは改めて自分が恵まれているのを思い知らされた。
 トローブリッジ高校に入学するのは秋なのだが、コニーはジェンがまだ卒業する前から通学用の服を作り始めた。
「なんだか縫っていてわくわくするの。 中学は途中入学だったけど、高校は初めからだもの。 トローブリッジは町に近いし。 学生の流行みたいなのがあったら教えてね。 がんばって作ってみるから」
 あまりに張り切るコニーに、ジェンははらはらした。
「お母さんの服はきっと評判になるわ。 誰よりもすてきだから。 ただ、私まだ背が伸びているの。 秋には裾を延ばさなきゃならなくなるかも」
「平気よ」
 用心深いコニーは、とっくに先を見越していた。
「丈は最後に決めることにしてるの。 あなたが二インチ以上太らなければ何の問題もないわ」
 ジェンは吹き出した。
「二インチ(約五センチ)って、そこまで太れないわよ。 この夏はお父さんの手伝いをもっとするつもりだし、マージたちと泳ぎに行く約束もしてるし」
 そのとき、コニーがそわそわしているのを見つけて、ジェンは口をつぐんだ。 何か心に秘めているらしいが、こっちから聞き出そうとする気はなかった。
 無理強いするのは、コニーには絶対に禁物だった。 下手をするとパニックにおちいってしまって、昔はよく息が苦しくなったらしい。 黙って静かに待っていれば、コニーは自分から話してくれるはずだ。


 予想通り、その日の夕食の席で、コニーはぽつりとジェンに打ち明けた。
「実はね」
 それ来た、と思いながら、ジェンはさりげなく訊き返した。
「なに?」
 見ると、ミッチがかすかに首を振っている。 話すなということらしいが、根が正直なコニーは黙っていられなかった。
「ゴードンさんからジェンに招待が来たの。 今年の夏もデラウェアの別荘に来ないかって」
 ジェンは一瞬、どきっとなった。 懐かしい金色の浜辺とどこまでも続く水平線が、鮮やかに脳裏に広がった。
 だがそれは、思い出としてだった。 別荘仲間で開くテニスの試合、銀のスプーンで食べる生クリームたっぷりのアイスクリーム、豪華なヨットレース。 わずか一年前なのに、すでに何もかもが額に入った写真のように記憶の中の一ページになっていた。
「うれしいけど、行けないわ」
 ジェンはあっさりと口にして、そんな自分に少し驚いた。
「ゴードン家のみんなには会いたいけど、夏はもう、やることを決めてるの。 きっと冬もだめだわ。 赤ちゃんとのはじめてのクリスマスだもの。 来年の夏も呼んでくれたら、そのとき考える」
 テーブルの向こうで、ミッチが肩の力を抜くのが感じられた。 親たち二人とも、ジェンの返事がそんなに心配だったのだ。
 一方、ジェンは少し気が咎めて、その夜の祈りにゴードン家の人々の名前を一人一人呼んで、神のご加護を念入りに願った。 いつもはワンダとゴードン夫妻を代表にしているのだが。
「トニーとピーターにも幸せを。 二人にすてきな彼女ができますように」
 そうささやいたとたん、空想の二人が同時に振り返って余計なお世話だと睨んだ気がして、ジェンは声を忍ばせてくすくす笑った。 「





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