表紙
明日を抱いて
 77 記念会にて




「今年の卒業生は女性万歳だな」
 ハンプティ先生がそう漏らした通り、生徒会長のサリーと影の取締役エイプリルの見事な連携で、記念会の準備は着々と進み、卒業後の手配まで整った。 学年最後の発表会だから父母たちも招待されていて、みんな楽しみにしていた。


 演目がわかっている子も、秘密にしている子もいた。 プログラムには発表者の名前と順番が記されているだけで、だから余計に好奇心をそそった。
 ジェンは最初から三番目だった。 早いのでどきどきするが、その分、終れば他の人たちの出し物を落ち着いて楽しめる。 一番あがってしまう最初の出演者は度胸のいいキャス・ムーアだったが、そんな彼女でも、暗唱するソローの詩を舞台の袖で繰り返す声が、わずかに震えていた。
 観客席は、演目が開始される半時間以上前からぎっしり詰まっていた。 後から駆け込んできたハウイの両親が座れなくて、折りたたみ椅子が用意されたほどだ。 超満員で期待はいやが上にも高まり、幕が揺れるごとに拍手が起きた。
 ようやく時間になって、ヒルワース校長が挨拶に舞台へ進み出ると、盛大な拍手が起きた。 その音を聞いて、キャスはかえって落ち着いた。
「もうクソ度胸が据わったわよ。 ビールを二本飲んだ後のビグスさんと同じで。 ちゃんとやり遂げる自信あるけど、万一失敗しても後の人が引き立つだけだもんね」
 キャスは勇ましくそう言い、もう脚を震わせることなく舞台の中央に進み出て、大声でワーズワースの詩を朗誦して戻ってきた。 詩が短めだったこともあって、客はまた万来の拍手だったし、舞台裏も出だしの成功に沸いた。
 次はマージのピアノ独奏だった。 ジェンの前にすませておけば、引き続き伴奏に入っていけるからだ。 マージの母親クレアは元歌手でピアノもうまいので、娘のマージも素人とは思えない腕前で華やかにショパンの『黒鍵のエチュード』を弾ききり、観客の半分がまだ口を開けたままの短い演奏で、立ち上がって一礼した。
 やっと息がつけるようになって、カートは額の汗をぬぐい、一言呟いた。
「すげぇ」
 そして、息子にも何か楽器を習わせたら目立ったのに、と密かに思った。


 次にジェンがコニーの作った淡い緑のドレスで出てくると、それだけで歓声が沸いた。 本人は気づいていなかったが、色とデザインが本人にぴったりで、春そのもののように美しかったのだ。
「かわいいってことは前からわかってたが、着飾るとあんなにきれいだなんて。 エイプリルと肩を並べられそうじゃないか」と、人々は囁きあった。
 そのべっぴんさんが、マージとうなずき合って始めたのが、よく舌が回るなぁと思わせる機関銃のような早口言葉で、これがまた受けた。 客達は爆笑し、床を踏み鳴らしてアンコールまで起きた。 ジェンは一瞬とまどったが、とっさにマザーグースの『セントアイヴスへ行ったとき』を早口でまくしたてて、客に謎かけした。
「さあ、セントアイヴスへ行ったのは何人?」
 顔を見合わせてまじめに考えている者もいたが、答えを知っているジェリーの兄のサムが、喜びすぎて立ち上がって叫んだ。
「一人だよ、一人!」
「正解!」
 その謎かけは、私がセントアイヴスへ行ったとき、男に出逢ったが、男には七人の妻がいて、どの奥さんも七つのバッグを持ち、どのバッグにも七匹の猫がいて、どの猫にも七匹の子猫がいた、と続く。 一+七×七×七×七、とやりそうになるが、実はセントアイヴスへ行ったのは私ひとりで、男と妻と猫たちはセントアイヴス方面から戻ってくるところだった、というのが種明かしだった。
 答えが出たところで、マージがタイミングよく木琴でジャンジャンとオチをつけ、二人の娘は優雅にお辞儀して、大きな拍手と笑いに送られながら舞台の袖に引っ込んだ。
 するとハンプティ先生がくすくす笑い、隣の組のハンブル先生が珍しく興奮して声をかけてきた。
「よくやった。 客が乗ってきたよ。 君達には芸人の素質があるな」
 マージは二人ににやにや笑いを返し、ジェンは照れながらも、なんか嬉しくなってマージの手を取ると、終ってホッとしているキャスのもとに急いだ。
 女子が三人続いた後は、男子が出てきた。 隣の組のレキシーとビリーで、上手に組体操をした。


 ジョーディの出番は、中休みが入る前の前半最後だった。 観客がだれる損な時間帯だ。 だが彼は平然と、通学用の普段着で現れて、伴奏なしにいきなり歌いだした。
 すぐに観客は静まり返った。 圧倒的な歌唱力だったのだ。 やや沈んだバリトンの深い声で、ジョーディが民謡の『シェナンドー』を歌い終わったとき、人々はしーんとしていた。 ジョーディは無表情でぺこりと頭を下げて、すぐ引っ込もうとした。
 とたんに嵐のような拍手が巻き起こった。 そして、たぶん学校始まって以来と思われる満場総立ちとなり、リリアンの姉たちは涙まで流してハンカチで目を拭いていた。
 早く来て前に席を取っていたマージの母クレアは、真剣な表情でジョーディを見つめていた。 横でうなずきながら手を叩いている夫のフィッツロイ医師に、何事か話しかけている。 その間も、もう一度おじぎしただけで舞台を去ろうとしているジョーディから視線を離さなかった。  





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