表紙
明日を抱いて
 75 春がそこに




 ただ一つ、前からの習慣が消えた。 次の木曜日、ジェンはトレメイン川に寄らず、まっすぐ家に帰った。 そして母から新しいカップケーキの作り方を習った。 このほうが将来のためなのだと自分に理屈をつけて。
 男子のピーターと一緒に育ったせいで、ジェンは男の子と親しく話すのが上手だったし、悪いこととは思っていなかった。 だが世間はそうは見てくれないらしい。 パイクの偏見に満ちた言葉は醜かったが、あれも世の中の一部なのだ。
 高校に入って二年か三年になれば、男女交際は親が許せば認められるようになり、ぼつぼつ婚約する学生も出てくる。 それまで男子は同級生というだけの存在にしておかなければならない。 ジェンはそう心に決めた。


 学校では新生徒会の元で、卒業記念会の企画が進められていた。 春になると農家が多いここいらの子供たちは忙しくなる。 だから冬の間に練習を積んで春先に発表すれば、親達もみんな見に来る時間があるはずだった。
 生徒達はみな、自分にできることを申告した。 ジェンはアンソニーに教わった早口言葉の歌を歌うことにした。 マージが木琴で伴奏できるというので、学校の帰りによくマージの家に寄って練習した。 二度に一度はエイプリルも来て、三人でお茶して楽しい午後を過ごしたが、すぐに仲間にばれてしまい、皆も押しかけてくるようになって、へきえきしたマージはエイプリルに頼んだ。
「これじゃ練習にならない! お宅の客間のほうが大きいから、みんなを連れてってよ。 デザートは私が差し入れする」
 それでエイプリルはルールを決めた。 集まってお茶会をするのは週に一度だけ。 後は村でいつものようにココアを飲むか、それぞれ家へ帰って記念会の練習をするかだ。 エイプリルは強制するわけではないのだが、生まれもっての指導力のせいで、みなおとなしく従った。


 北国の冬は長い。 三月になっても、夜の気温は零下になるし、昼間もときどき雪が降った。
 それでも春の気配はあちこちにただよい始めた。 三月の後半に入ると白いナシの花が咲き、ミモザも黄金色の球のような花を樹冠にちりばめて、辺りが明るくなるほど咲き誇った。
 家ではミッチがジェンの背丈を計った。 三月二八日が誕生日なので、これから毎年その日に身長を測って記録しておこうというのだ。 ジェンは去年の夏、サンディピークで服をあつらえるときに計測した身長より、さらに二インチ(約五センチ)近く背が伸びていた。
 それを知ってコニーはあわてて、作りかけだったジェンの春服の裾を延ばした。
「嬉しい驚きね。 そういえば最近、出かけていく後姿が軽やかだなと思っていたの。 丈が短くなりかけてたのね。 すぐ直さなきゃ」
 そういうコニーも、この頃自分の服を直すことが増えた。 少しずつ体が大きくなってきて、ウェストを広げなければならなくなったのだ。 ミッチは重い荷物をコニーに持たせなくなり、妻が外へ行くときには必ずついていった。 コニーが出好きでなくて、幸いだった。
 ジェンも赤ん坊の誕生を楽しみにしていた。 コニーは男の子のような気がすると言い、ミッチもそう願っていた。 でも私はどっちでもいい。 女の子ならいろんなことを教えてあげるし、将来は一緒に遊べる。 確かに愛されているジェンには、もう赤ん坊はライバルではなかった。 新しくできる大事な家族だった。






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