表紙
明日を抱いて
 71 墓穴を掘る




 ジェンはハッとした。 斜め後ろの席にいるジョーディの顔が、まったく新しいイメージで頭にひらめいた。 先生はまさか、ジョーディと私が川辺でこっそり逢ってるなんて思ったのか?!
 いつもはきはきしているのに、珍しく言葉を失い、黙ったまま見つめ返しているジェンを眺めて、パイクは自信がついた様子で畳みかけた。
「何を考えているのかね。 ダブズクロスの角で夕暮れに男子の首にぶらさがるとは。 君は町から来た養女だと聞いたが、やはりもらいっ子は育ちが問題だな」
 ジェンは目を見張った。 ダブズクロスだって? 鉄道駅のすぐ近くだ。 トレメイン川とはまるで方向違いじゃないか!
 ジェンの愕然とした表情に目を留めず、パイクがなおも得々と言いつのろうとしたとき、不意に前の席から声がした。
「先生。 それ、私です!」


 クラス中の視線が、いっせいに声のしたほうへ向けられた。 言ったのはローリー・ジェイムソンという小さな農場の娘で、目立たないが気立てのいい子だった。
 ローリーは灰色の眼に冷たい表情を浮かべ、振り返ったパイクを見つめながら、はっきりと説明した。
「モンタナにいる伯父さんが病気になったもんで、兄のデイヴが手伝いに行ったんです。 だから駅まで見送りに行って、別れの挨拶してただけです」
 そして、あっけに取られたパイクから視線を外すと立ち上がり、教室の横にずらりとかけてあるコートとマフラーの中から、自分のを取って掲げて見せた。
「この色でジェンとまちがったんでしょう? ジェンのがカッコよかったから、父さんに頼んで似たの買ってもらったんです」


 パイクの喉がごくんと鳴った。 今度は生徒たちの眼が彼に集中していた。 勘違いだったと一言わびれば、評判は落ちるにしてもその場は収まったかもしれない。 だが小心者のパイクは、教師の権威がなくなるほうが怖かった。
「そういうことなら……まあいいだろう」
 むしろ偉そうにそう言った後、ジェンに言わずもがなの八つ当たりをした。
「違うなら、君もはっきり言いたまえ。 後ろ暗そうな顔をするから、こっちも間違えてしまうじゃないか。 もしかすると心当たりがあったんじゃないか?」
 バタンという大きな音が、教室中に響き渡った。 ジョーディが、座っていた椅子を思い切り後ろに倒した音だった。
 立ち上がったジョーディを見て、パイクはたじたじとなった。 ジョーディのほうが先生より肩幅が広く、背丈も頭半分高かったのだ。 しかも、顔は無表情のままだったが、目つきが火のように燃えていた。
「先生、養子で何がいけないんですか?」
 とたんにパイクの目が泳いだ。 何かに思い当たったらしい。 一歩、二歩と通路を下がると、しどろもどろの口調になった。
「いや、よ、養子が悪いというんじゃない。 ただ、東部の町から来ているし、向こうの知り合いも派手な子たちだったと聞いたし」
 男子の誰かが思い切り鼻を鳴らした。 パイクは素早く見回したが、犯人はわからなかった。 雰囲気がどんどん不利になるのがさすがにわかったようで、パイクは弱々しく咳払いすると、話を換えようとした。
「さて、それでは授業に入ろう」
 エイプリルが静かに訊いた。
「ジェンはどうするんですか? 人違いで非難されて、それっきりですか?」
「そうだよ、誰も悪いことなんかしてなかったのに」
「ひどいよね〜」
 あちこちで非難が囁き交わされる中、パイクは教室の正面に戻り、聞こえないふりで教科書を取り出した。
 その横を、ジョーディが大股ですり抜けて行った。 パイクはぎょっとなって声をかけた。
「ジョーダン・ウェブスター! 授業中だぞ。 勝手に出ていっては……」
 ドアに手をかけたところでジョーディは振り返り、みんなにはっきり聞こえる声で言い残した。
「おれももらいっ子だ。 養子に偏見があって白い目で見るような奴の授業なんか、誰が受けるか!」
 パタンという爆発的な音と共にドアは閉まり、パイクは茫然と立ち尽くした。





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送