表紙
明日を抱いて
 70 思わぬ非難




 いつものように三○分ほどいろんな話をしてから、ジェンはすっきりした気持ちで家に帰った。 そしていつものように母の手伝いをし、編み物を教えてもらいながら、ミッチの吹くハーモニカのメロディに合わせて母と歌った。 クリスマス以来、夕方のひと時を合唱で過ごす間が、一家のささやかな楽しい習慣になっていた。


 翌日の金曜日、いつものように生徒達は三々五々、朝日の当たる学校へ集まってきた。 どうということのない一日だった。 レジナルド・パイクという教師が、もしゲインズフォード中学に勤めていなかったら、その日も平和で建設的な授業が行なわれるはずだったのだ。
 パイク先生は、数学担当だった。 まだ二十代前半と若く、一昨年の秋に教師を始めたばかりで、見習いのようなものだったが、理屈っぽくて他の先生の忠告を聞かないため、あまり好かれていなかった。
 生徒たちには、むしろ嫌われていた。 まったくの堅物で、わずかな校則違反で罰するからだ。 歴史でスペインの異端審問官について習ってからは、ひそかにスペインの悪名高い審問官の名を借りて、トルケマダ・パイクと仇名されるようになった。
 その規則万能のパイク先生が、珍しく授業に五分遅れてきた。 これは大ニュースで、一部の男子が、『トルケマダ』が入ってきたら、遅刻ですよ! とはやしたててやろうというのを、サリーがけんめいになだめていた。
「あの先生は止めたほうがいいわ。 根に持つタイプだから。 卒業までずっとチクチクいじめられるのは嫌でしょう?」
「ああいうのって自分に自信がなくて、気が小さいやつなんだぜ」
 珍しく、のんびりやのジェリーが心理分析をしてみせた。
「だから規則規則ってうるさいんだ」
「ほんっと、うるせーよな」
 うんざりした様子でハウイが呟いたとたん、外の廊下で足音がしたので、生徒達はいっせいに沈黙した。
 サリーのおかげで、パイクが教室に入ってきたとき、みんなは黙ったままだった。 パイクは珍しいことに、挨拶もせずに教室の前に立って、じろっと室内を見渡した。 その表情は勝ちほこっているように見えた。
 やがて前から3列目の席に視線が届くと、パイクは窓際のジェンに視線を据え、いくらか上ずった声で呼びかけた。
「ジェン・マクレディくん。 君はあんな時間に、男子と二人っきりで何をしていたのかね」








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