表紙
明日を抱いて
 66 二人の誓い




 コニーにぴったりと寄り添ったまま、ジェンは全身を強ばらせて母の告白を聞いた。
「私……私は、その晩にあなたと暮らしていた家を抜け出して、汽車に乗ってレイクウッドに行こうとしたの。 あんな勇気が出たのは、生まれて初めてだった。 でも駅までたどり着けず、父に捕まってしまって、ここまで連れ戻されたわ」
「おれが一度は逃がしたんだ」
 錆びたミッチの声が、背後から聞こえた。 いつからか、コニーの打ち明け話を聞いていたらしい。 彼はゆっくり二人に近づくと、妻を守るように背後に立った。
「おれの母親も、再婚相手からおれを守ろうとして、何度も代わりに殴られた。 見ていられなくなって家出したんだ。 おれがいなきゃ平和だったからな。
 母親ってのは特別なもんだ。 赤ん坊から奪うのはよくない」
「……でもまた、すぐ捕まった。 そのとき、父が言ったの。 じゃ、子供を受け入れてくれる結婚相手を見つけろって。 そしたら、すぐミッチが名乗り出てくれたの」
 ジェンは不規則な息をつきながら、前に立つ二人を見比べた。 想像もできなかった。 そんな理由で二人が結婚したなんて……!
 だがコニーの話は、それで終わりではなかった。 涙で目がふさがりそうになりながらも、コニーはこれまで耐えてきたすべてのものに背中を押されるように、必死になって話し続けた。
「うれしかった。 父はあっけに取られていたけど、私達ずっと気が合っていたから。 父さんも結局は反対しなかった。 それなのに、結婚予告を出したとたん、村の一部の人たちがミッチを悪く言い始めて」
 まだジェンの頭は驚きで目まいがしそうだったが、一部の村人が何を思ったかは想像がついた。 彼等はきっと、コニーにあこがれていたのだ。 ところが村に来て間もない余所者に取られて、カッとなったのだろう。
「おれは村を出ていこうとした。 だがコニーに引き止められた。 最後の希望なのにってな。 だから、結婚してもヒルダさんが子供を渡してくれなかったときは、本当に辛かった」
「情が移ったんだわ。 そうなると思った」
「悪かったな。 おれじゃなきゃ、もっとしっかりした立派な男が相手だったら、ヒルダさんも……」
「ちがうわ! そんな風に思ってたの?」
 コニーは夢中で背後を振り向き、ミッチの手首を掴んで手の甲に頬ずりした。
「ヒルダは手紙に書いてきた。 あなたにはまた子供ができるから、ミッチと仲良く育ててくれと。 だけどこの子だけは育てさせてほしいと。 赤ちゃんに取替えなんかきかないのに。 何人生まれたってみんな私の子。 それぞれ可愛いにきまってるのに!」
 短い沈黙が流れた。 その間、ジェンは新たな尊敬の眼差しで、ミッチを見上げていた。
 彼がいたから、お母さんは悲しみを乗り越えられたんだ。 私の実の父親がどんな人かは知らないし、たぶんこれからも二人が話してくれることはないだろうけど、それはきっと私を守ろうという気持ちからだ──きっと悲劇にちがいない気がして、ジェンは秘密を明かしてほしいとは思えなくなった。 そして、無骨な岩のようにコニーを支え続けたミッチに、男の中の男を見た。  





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