表紙
明日を抱いて
 65 連れ去られ




 まだ本格的なレコードがなく、ラジオ放送も始まっていない時代で、音楽演奏は自分で楽器を弾くか、楽隊を頼むか、または非常に高価な自動ピアノに演奏してもらうかだった。
 ミッチはハーモニカが吹けたので、コニーがジェンと共に腕によりをかけて作ったイヴのディナーをたらふく食べた後、祖先の地スコットランドの民謡を二曲披露した。ジェンとコニーは長椅子に並んで座り、肩を寄せ合って美しいメロディーを楽しんだ。
 ちょうど最後の音が震えを帯びながら消えていったとき、遠くから歌声が近づいてきた。 村の聖歌隊が家々を回り歩いているのだ。
 いろんな声の入り混じった賛美歌を耳にして、ミッチはわずかに顔をしかめた。 だがコニーが珍しく自分から立ち上がって、戸口に急いだ。 その前に、夫の背中をなだめるように短く撫でさすってから。
 ジェンも母についていった。 玄関の扉をコニーが開くと、大人たちに少年少女まで入った十人ほどの合唱隊が、陽気に挨拶した。 コニーははにかみながらも挨拶を返し、用意していたヘイゼルナッツ入りのチョコレートケーキをみんなに配った。 コニーの料理は村でも評判なので、人々は大喜びだった。
「やあ奥さん、今年はクリスマスを堂々と祝えるんだね」
 ペンキ屋のティム・バーンが遠慮なしに言った。 コニーは困って、思わずジェンの様子をうかがった。 不信心と思われるのが嫌だったのだろう。 だが、雑貨屋のカートから事情を聞いていたジェンは平気で、心配そうな母に微笑んでみせた。
 一行が『諸人〔もろびと〕こぞりて』を高らかに歌って次の家に向かった後、コニーは居間に戻りながら、さっそく言い訳を始めた。
「ミッチはクリスマス嫌いじゃないのよ。 ただにぎやかなのが苦手なだけで」
「そうね、お母さん。 静かなクリスマスもすてきだわ」
 ジェンはしみじみと答えた。 母もミッチも口数が少ないが、この家を陰気と思ったことはない。 両親はあまりしゃべらない代わりに人の悪口も言わず、いばらず、毎日まじめに働いて誠実に生きている。 ジェンは二人を尊敬していた。 そして、胸が痛むほど愛していた。
 小ざっぱりと綺麗に整えられた家の中を見回して、ジェンは続けた。
「ここへ来るときは、やっぱり不安だった。 でもお父さんは、会ってすぐ良い人だってわかったし、お母さんは」
 言いたいことが一度に胸に押し寄せてきて、ジェンは一瞬言葉を詰まらせた。 とたんにコニーは不安そうになり、廊下の途中で立ちすくんでしまった。
 ジェンも足を止めた。 それから母のまだほっそりした胴に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「お母さんが私のお母さんで、本当によかった! 私もいつか結婚すると思うけど、その日が来るぎりぎりまでこの家にいるからね。 居心地がよすぎるんだもの。 お母さんの料理も、作ってくれる服や手袋も、全部好き! 好きなものが似ていて、やっぱり私達、親子なのね」
 気がつくと、コニーは泣いていた。 そして小さく鼻をすすりながら、初めて禁断の過去に触れた。
「あなたは、それは可愛い赤ちゃんだった。 生まれたてでこんなに愛らしい子は初めて見たって、産婆さんが驚いたほどよ。
 私は、当然あなたを自分で育てるつもりだったの。 育てていたのよ。 でも五ヶ月経った日の朝、目が覚めたらあなたはいなかった。 代わりに父がいて、もう赤ん坊はしっかりしてきたから、これからはヒルダでも育てられる、と言ったの」






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