表紙
明日を抱いて
 64 イヴの昇給




 翌日のクリスマス・イヴは穏やかで風も吹かず、朝から静かに晴れ渡った。 数日前からマクレディ家には樅の木が飾られ、ジェンが村の雑貨屋で買ってきた銀色の玉飾りやテープや金の星で美しく飾りつけされていた。
 そのとき雑貨屋の主人のカートが言った言葉が、ジェンの心に残っていた。
「ほう、ミッチもやっとクリスマスツリーを飾る気になったかね。 あんたが来てから、あの家もどんどんまともになってきたね」
 驚いたジェンが眉を上げると、カートは詳しく説明してくれた。
「ミッチはほれ、えらく無口だが、わしは前からあの男の友達だ。 だから少しずつ話してくれたんだが、あいつ親父さんを早く失くしてね、おふくろさんが再婚した相手がひどい男で、しょっちゅうミッチを殴ってたらしいんだよ。 それでまだひどく若いときに家出して、苦労したようだ」
 そこでカートはしぶい顔になった。
「その野郎が説教師でな。 説教師って知ってるかい?」
「ええ、道や公会堂なんかで神の教えを説く人でしょう?」
「そのとおり。 いい説教師も多いんだが、そいつはちがった。 神の名を使って子供をせっかんする奴だったんだ。 だからミッチはすっかり神が嫌いになって、教会にも行かなくなった」
 確かにミッチは行きたがらなかった。 だからコニーは隣の奥さんやジェンと日曜礼拝に出ていた。
「クリスマスも大嫌いだったんだよ、ミッチは。 去年まではな」
「知らなかった」
 ジェンが呟くと、カートは笑って片目をつぶってみせた。
「これからも知らないふりをしてやりな。 あんたがいれば、あいつはいい父親になれるさ」
 店から帰る道筋で、ジェンは改めてミッチと初めて会った日のことを思い出していた。 彼は無愛想に見えたが、本心はとても不安だったのだ。 自分にちゃんと父親役が務まるか、悩んでいたのだろう。
「あなたはいいお父さんよ、最初から」
 ジェンは思わず声に出して言ってしまい、あわてて周囲を見回した。 寒い日だったので通りには数えるほどの人通りしかなく、しかもずいぶん離れていて、ジェンの独り言を耳にした人間は誰もいなかった。


 今やミッチは、甘すぎるほど子煩悩な父親だった。 家族は三人なのに、ツリーの足元には様々な大きさの箱や包みが八個も置かれている。 お互いに贈りあって六個のはずだから、残りの二個が謎だった。
 ミッチが雇っているジャックとレニーは従兄弟同士で仲がよく、ジャックの家の離れにレニーが住んでいた。 もうじきジャックが以前からの恋人と結婚する話が出ているので、ミッチは二人の給料を上げてやるつもりだった。 どちらも真面目でよく働くし、口数がそう多くないのも、ミッチの気に入っている点だった。
 その二人が、午前中で仕事を追えてマクレディ家に祝日の挨拶に来た。 明日彼等は丸一日休みで、クリスマスを目一杯楽しむのだ。 農場は生き物相手の仕事で、ほぼ年中無休だ。 だから二人には貴重な時間だった。
 ミッチは二人を台所に入れてリンゴ酒をふるまい、年末手当てを渡して喜ばせた後、さらに嬉しいことを告げた。 正月から一日一ドル七○セントの日給を二ドルに上げると言ったのだ。
「二人とも仕事の腕を上げたし、ジャックがダイナと一緒になるんならいろいろ物入りだろう。 今年は作物の出来がよかったから、来年もまたがんばってくれ」
 ジャックとレニーは目を輝かせて礼を言った。 特にジャックが感激していた。
「一ドル七○だって割りのいい給料なのに、二ドルはほんと助かります。 これでダイも喜んでくれる」
 西部のカウボーイが日給一ドルだから、その倍の給料は確かに多いほうだった。





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