表紙
明日を抱いて
 58 ホテルの話




 いよいよ東部に戻る日が来たとき、ワンダは最後までごねていた。 クリスマスまでこちらに残りたいというのだ。 ジェンのいない上っ面だけの友達付き合いより、陽気でさっぱりしたミシガンの子供たちの集まりのほうが、言いたいことを言い合えるだけ楽しいらしかった。
 だが父のジョージには予定があったし、母のセリナはマクレディ家にこれ以上世話をかけては悪いという思いが先に立った。
「我がままはだめよ、ワンダ。 向こうで何軒もの招待状を受けているのを忘れた? すっぽかすわけにはいかないわ」
「私がこっちでひどい風邪を引いて動けなくなったって言ってもらえない?」
「だめ」
 母は笑いながら叱った。
「クリスマスに嘘をつくなんてよくないわ。 もうあなたもピーターも子供じゃないのよ」
 不意に引き合いに出されたピーターは、むっとした顔で妹をにらんだ。
「なんで僕の名前が! 全部おまえが悪いんだぞ」
「ちがうでしょう? あなたもこっちへ残りたいってお父様に頼んだじゃないの。 ちゃんと知ってるのよ」
 驚いて、ワンダはのけぞった。
「えーっ! そんな〜〜。 来るときはぶつぶつ言ってたくせに」
「来たら案外おもしろかったんだよ」
 ピーターはホテルの椅子を後ろ前に回して、足を広げてどっかりと座り込んだ。
「つらら投げ競争をするって言うからさ。 槍投げの校内チャンピオンだって見せてやろうかと思って」
「あの五人しか参加しなかったやつ?」
 ワンダが鼻で笑ったので、ピーターは椅子を飛び越えて追いかけはじめた。 二人がどたばたと部屋を横切っていくのを、セリナは首を振りながら見送った。
 気がつくと、アンソニーが入ってきて、母の肩に手を置きながら、うるさい弟妹を見守っていた。
「また暴れてる」
「元気が余ってるのね。 あなた達三人は丈夫で助かるわ」
「ジェンも元気そうだったね」
 トニーの声は、心なしか寂しげだった。
「ミッチさんに連れられていったときは心配したけど、今じゃすっかり家族になってて、友達も一杯だ」
「それでもあなた達を忘れていないのが、あの子のいいところだわ」
 すっかり背が伸びた長男に寄りかかるようにして、セリナは答えた。
「これなら東部の大学に来てくれるだろうって、ジョージもほっとしていたわ」
 トニーは眉をひそめて母に向き直り、やや厳しい口調で尋ねた。
「本当にそれでいいのかな? 後でミッチさんたちに恨まれない?」
 セリナはめげずに、きっぱりと首を振った。
「いいのよ。 ジェンはしっかりした子。 自分で将来を選ぶ権利があるわ。 それに彼はいい加減な気持ちで計画してるわけじゃないの。 本気でジェンのことを思って、最高のレディにしたいのよ。 そしてジェンは、彼の計画にふさわしい最高の子だわ」
 彼ねえ、とトニーは低く呟き、長椅子のクッションで叩き合いを始めたワンダたちを止めに、大股で歩いていった。
「おい、そんなことしてると綿が出ちゃうぞ!」





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