表紙
明日を抱いて
 56 朝の団欒で




 ジョーディと子狐がいなくなると、急に寒さがジェンの身にしみた。 ぶるっと肩を震わせて急いで裏口からすべりこんだジェンは、階段を爪先立ちで上がって、すっかり冷たくなったベッドにもぐりこみながらも、気持ちは火が灯ったように温かくなっていた。


 翌朝、ジェンはいつものように早起きして、コニーが朝食の準備をするのを手伝った。 今にも雪が降りそうな空模様で、外は夕暮れのように暗かったが、ジェンには台所がいつもより明るく輝いているように見えて、身も心も軽かった。
 その朝は親友のワンダが来ているということで、彼女の好きなドーナツを作らせてもらえることになり、ジェンは張り切った。 揚げ油が熱くなるという理由で、ヒルダには禁止されていたのだ。 だがコニーははらはらしながらも、火傷に注意してね、と一言口にしただけで、ジェンに材料作りから型抜き、油の準備まで、すべてやらせてくれた。
 前にゴードン家のコックが作るのを注意深く見ていたおかげで、ジェンはコニーから材料の分量を聞きながら自力で作ることができ、台所にはバニラビーンズの甘い香りがバターの香ばしい匂いと共にただよった。
 その匂いに引かれたらしく、ミッチがひょいと顔をのぞかせて、揚げたてのドーナツが油切り紙の上に並んでいるのを見つけると、目を光らせた。
「こりゃあうまそうだな。 おや、ジェンが作ってるのか」
「初めてなの。 お母さんに教えてもらって」
「一つもらうよ」
 そう言うが早いか、端っこのドーナツはもうミッチの口の中だった。 ジェンはあわてた。
「お父さん、まだ熱いって!」
 ミッチは平気で口をもぐもぐさせた後、満面の笑顔になって、指で丸を作った。
「ほんと? おいしかった?」
 大きく二つうなずいたミッチが、すかさず次のドーナツに手を伸ばしたのを見て、コニーが笑いながら叱った。
「ミッチ、食事の後にして。 朝ごはんが入らなくなっちゃうわ」
「いくらだって入るさ。 うちの女性陣は何て料理がうまいんだ!」
 そう言って台所に踏み込んでくると、ミッチは妻と娘を両腕に抱き寄せて、音を立てて二人の頬にキスを贈った。
 お父さん幸せそう──ジェンは笑いながら、昨夜ジョーディが言ったことを思い出していた。 ジェンが来てから、ミッチが見違えるように明るくなって皆驚いているという噂話を。
 世の中には、いい噂話っていうのもあるのね、とジェンは思い、遠慮なくミッチと母に寄りかかって、二人にキスを返した。 そして考えた。 私も家族の一員として、みんなを幸せにする力があるんだと。 それはドーナツよりも甘くて、うっとりする自覚だった。
   





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