表紙
明日を抱いて
 55 悟ったこと




 ジョーディの思いがけない言葉に、ジェンはどきっとした。 そして、この風変わりな少年に、今まで以上の親しみを感じた。
「お父さんと喧嘩してるの?」
「いや」
 ジョーディは、すぐ打ち消した。 子狐は疲れきっていたらしく、ジョーディの腕の中で目を閉じて、うつらうつらし始めた。 とても野生動物とは思えない仕草だった。
「まだなじめないんだよ。 それだけ」
 なじめない? ということは、最近になってお父さんと一緒に住みはじめたということなんだろうか。 自分と似た境遇に、ジェンは思わず身を乗り出した。
「私もね、ちょっとそういうところがあるの。 半年前にこっちへ引っ越してきたばかりだから」
「そうだってな。 ジャッキーから聞いたよ」
 すやすや眠る子狐に視線を置いたまま、ジョーディは低い声で応じた。
「すごく大事にされてるんだって? 君が来てからすっかり変わったって驚いてたよ」
「何が?」
 ジェンはきょとんとした。 するとジョーディは、笑顔になりかけの複雑な表情で、ジェンの眼を見た。
「マクレディさんさ。 前は愛想がなくて、近所の人が挨拶しても唸るだけだったんだって。 でも最近じゃ返事するし、世間話までするようになって、意外にいい人だったって言われてるよ」
「意外に?」
 ジェンは喜んでいいのか腹を立てるべきか。ちょっと悩んだ。 もちろんミッチはいい人だ。 それがどうして皆にはわからなかったんだろう。
「お父さんは本当にいい人よ。 見かけで判断すべきじゃないと思う」
「おじさんは顔が怖いからな」
 ジョーディがあっさり言ったので、ジェンは噴き出しそうになった。 そして、あれっ、と思った。
「お父さんのこと、知ってるの?」
「村で見かけた」
「確かに少し熊みたいだけど、中身はやさしいの」
「やさしくなったんだろ? 君が来てから。 あのさ、ジャッキーの母さんが小間物屋をしてるのを知ってるかい?」
「ええ、ベイリーさんね。 明るくて、会うといつもキャンディをくれるのよ」
「君んち、お得意さんだからな。 マクレディさんがよく毛糸やなんかを買いに来るんだって。 奥さんが家族のために一杯編みたがってるからって。 そのときに、君が喜びそうなものはないかって、ジャッキーの母さんに相談したそうだ。 クリスマスプレゼントにしたいんだろ。 もう可愛くてしかたがないって感じだったって」
 ジェンは目をしばたたいた。 寒さのせいではなく、不意に鼻がツンと痛くなってきて、涙がにじみそうになった。
 ミッチが小間物屋に行くのは、コニーのためだ。 コニーは前より元気になったが、まだ途方もなく恥ずかしがりで、なかなか買い物に行けない。 ベイリーさん56は商売上手で客あしらいがうまいのだが、大柄な上に声も大きくて、コニーは彼女の前に出ると口がきけなくなってしまう。 買いたいものを注文することができないコニーに代わって、ジェンもよくお使いに行くのだった。
「そういえば、もうじきクリスマスね」
 声がしゃがれそうになって、ジェンは小さく咳払いした。 やがて生まれる子のことでひがんだ自分が恥ずかしかった。 ミッチもコニーも、本当に大事に思ってくれている。 愛情は、そそぐ相手が増えても減ったりしないのだ。
「ああ、そうだね」
 不意にジョーディの声が一本調子になった。 あまり触れられたくない話題だったようだ。 まだ寝込んだままの子狐をそっと上着の中に押し込むと、ジョーディは一言言い残して、木立の陰の薄闇へ去っていった。
「じゃ、また来年に学校で」





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