表紙
明日を抱いて
 54 不思議な縁




 家の一階は、もう真っ暗だった。 両親は早起きだから、ぐっすり眠りについているはずだ。 それでもジェンは注意して、余計な物音を立てないようにして裏口を開いた。
 足を引きずって庭をさまよっていたのは、やはり狐の子だった。 今は疲れきった様子で、表門から家へ続く通路ぞいにある茂みの前に座り込んでいる。 だがすぐジェンの気配を察し、あわてて枯れ枝ばかりになった茂みにもぐりこもうとした。
 ジェンは台所から持ってきた布巾をパッとかぶせて、子狐を押さえ込み、必死で暴れる小さな生き物を低い声でなだめた。
「シーッ、大丈夫よ。 傷の手当をしてあげるだけ。 ひどい目に遭わせたりしないから。 ね、大丈夫だから」
 そのとき、思いがけず近くからささやき声がかかった。
「うまく捕まえたのか?」
 不意を突かれて、ジェンは飛び上がりそうになって振り向いた。
 月光のおかげで、誰がいるかすぐわかった。 それはジョーディだった。
 ほっとしたのと驚いたのとで、ジェンは珍しく尖った声になった。
「いったいここで何してるの?」
 ジョーディはあっけらかんとした様子でジェンに近づき、両手を突き出した。 平然としたその態度に呑まれて、ジェンは反射的にもがく狐を彼に渡した。
 不思議なことに、ジョーディの腕に移ったとたん、狐はおとなしくなった。 そして小首をかしげるようにして、彼の顔を見上げていた。 細い筋の入った子狐の目に、月の光があたって銀色に輝いた。
「こいつとは顔見知りなんだよ」
 訊かれないうちに、ジョーディが説明した。
「どじな奴でさ、巣穴からすべり落ちたところを一度助けてやったんだ。 他のきょうだいはなつかないが、こいつはそれですっかり慣れちゃって、今でも寄ってくる」
「怪我してるみたい」
 ジェンが囁くと、ジョーディはうなずいて子狐をていねいにタオルでくるんだ。
「何かに巣を荒らされたらしい。 心配で、足跡をたどってきたんだ。 月が出ていて運がよかった」
「あなたはカワウソだけじゃなくて狐の面倒も見てたの?」
 面白くなってジェンが尋ねると、ジョーディは歯を見せて笑った。
「ひまなときは川の傍を見回りするから。 それより、もう家に入ったほうがいいよ。 気温がどんどん下がってる」
「あなたもね。 お宅は少し遠いんでしょう?」
「ああ」
 狐をのぞきこむようにしたため、ジョーディの声がくぐもった。
「この近くに、お父さんの狩り小屋があるんだ。 そこはいつでも使っていいから」
「そうなの」
「うん」
「隠れ家みたいで、いいわね」
 ジェンは何気なく、そう言った。 するとジョーディは怒ったように首を振り、短く答えた。
「よかないさ。 家にいると気まずいだけだ」
 





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送