表紙
明日を抱いて
 44 急激な変化




 一瞬身構えたジェンだったが、相手がジョーディ・ウェブスターだとわかってすぐ肩の力を抜いた。
「ジョーディ! またここにいたの?」
 分厚い茶色の上着にモノトーンのチェックのマフラーを巻いたジョーディは、にこにこしながら川べりの小道から上がってきて、霜の光るブナの幹に黒い手袋を嵌めた手を置いた。
「二日に一回は見回ってるんだ。 罠をかけてカワウソを捕るやつがいるんで」
 カワウソは狩りの対象になっている。 だがジョーディには我慢できないらしかった。
「あれは賢くてかわいい動物なんだ。 ビーバーもそうだよ。 勝手に殺すなんて許せない」
「私もそう思う」
 ジェンは静かに言った。 するとジョーディは驚いたように目を上げてジェンを見つめた。
「本気かい? 女の子ってカワウソなんかにあまり興味がないんじゃないのかな」
「どうかしら。 ともかく、野生動物をやたらに殺すのはよくないと思う。 特に冬は。 食べ物が少なくて必死なのを利用して、罠にかけるなんて」
「そうだよ。 それも毛皮がほしいだけで。 肉を食べるわけじゃないんだぜ」
 ジョーディは熱くなって口をとがらせた。
「だけど、罠を置くのは違法じゃないわ。 外してるのがわかったら怒られるんじゃない?」
「こっそりやってるから大丈夫」
 自分には得にならないのに、ジョーディはただ好意からカワウソを助けようとしている。 ジェンは彼をいい人だと思った。 それで何気なく家に誘った。
「うちは近くなの。 両親に紹介するわ、新しい同級生だって」
 ジョーディは少しためらうような表情を見せ、木の高枝からバサッと落ちてきた雪を肩から払った。
「誘ってくれてありがとう。 でも男の子を連れていくと、お父さんたちに怒られないか?」
 ジェンは目をしばたたいた。 これまであまり男とか女とか意識したことがなかったが、もうそういう年頃になってしまったんだろうか。
「同級生でも?」
 そこでジェンはちょっぴり可笑しくなった。
「こうやって外で二人で逢ってるほうが、世間ではまずいんじゃない?」
 ジョーディはつられて苦笑いしながら、一歩ジェンから後ずさった。
「ただカワウソの話をしてるだけなんだけどな」
「じゃ、たまたま通りかかったら挨拶していってね。 うちはあの角を右に曲がったところにあるの。 マクレディ農場よ」


 ジョーディの顔から、不意に笑いが消えた。 辺りの景色は何も変わっていないのに、急に冷気がたちこめたような気がして、ジェンはとまどいながら強ばった少年の顔を見やった。
「どうしたの?」
 ジョーディはもぎ取るように木の幹から手を離した。 それから、低い、どこか哀しげな声で呟くように答えた。
「いや、何でもない」
 義父の名で、ジョーディがショックを受けたのは確かだ。 だがその理由は、ジェンにはさっぱりわからなかった。
「お父さんを知ってるの?」
「知らないよ」
 この答えは、きっぱりしていた。 本当のことを言っているとわかる口調だ。 では、なぜ……?
「うちには来たくないみたいね」
 ジェンの声も自然に硬くなった。 するとジョーディはかすかに首を振り、やさしい口調に変わった。
「これから話は学校でしよう。 もうここに来ないほうがいい」
 そして、ジェンが答える前に、駆け足になって森の奥へ去っていった。  





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