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明日を抱いて
 35 天敵の退場




 ジェンにとって、学校は文句なく楽しかった。 夏休みの間にエイプリルとマージが紹介してくれたおかげで、同学年だけでなく上級生にも下級生にも知り合いが多く、おまけにもともと社交的で人に好かれる性格なのが幸いして、すぐ友達だらけになった。
 アールとバロンでさえ、あまり気にならなかった。 授業開始の日にエイプリルと激しくやりあった後、二人は急に借りてきた猫のようにおとなしくなって、教室では存在感ゼロだったのだ。 ありあまるエネルギーを持て余すかのように、一歩校舎から出ると校庭を走り回って遊具を壊したり、庭木に飛びついて枝を折ったりして、しじゅう先生方に怒鳴られていたが。
「双子は、きっと兄ちゃんにこっぴどく怒られたのよ」
「そういえば、私達の前でも遠慮なくぶたれてたものね」
「あの一族は叩くのが挨拶代わりなの」
 近所に住んでいるというキャスが言い放った。
「お父さんが飲みすぎで肝臓を悪くしてね、今はおじさん夫婦が来て看病してるんだけど、双子のどっちかがおじさんの奥さんと喧嘩して、おたまで追い回されてたわ」
「包丁じゃなくてよかったわね」
 マージが笑えない冗談をつぶやいた。


 やがて双子は、ときどき学校を休むようになった。 最初は登校してきた片割れが、風邪を引いたとか腹をくだしたとか言い訳をしていた。 だが次第にそれもなくなり、十一月が近づいたある日、二人とも授業に来なくなった。
 双子が一週間まるまる休んだ翌週、ハンブル先生がアトキンス先生と連れ立って、村はずれにあるアンバー家を訪ねていった。 いくら家庭がごたごたしていても、中学まではちゃんと卒業すべきだと、家族へ言いに行ったのだが、なんと双子とデュークの父であるジョン・ヒューバート・アンバーの臨終に立ち会うことになった。


 葬式は寂しいものになると思われていた。 ジョンは仕事を辞めてから酒びたりで、ほとんど近所づきあいをしていなかったし、双子は愛想の悪い不良として有名で、村の婦人たちが見かねて手助けに行こうとしても扉を開けないばかりか、窓越しに変な顔をしてからかう有様だったから、最近ではわざわざ訪ねていく村人はほとんどいなかった。
 しかし、ジョンが亡くなり、叔父夫婦も葬儀費用を払えなくて姿を消したと聞いて、思いがけなくエイプリルが手助けしたいと言い出した。
「ジョンおじさんは、昔は立派な人だったわ。 セントラル鉄道が踏み切り事故を起こしたとき、信号所の切替え装置を直して早く通れるようにしたのは、ジョンおじさんよ。 お父さんに頼んだら、たしかに村の功労者だから葬儀費用は立て替えると言ってくれたの」
 周りはエイプリルの言葉にびっくりした。 彼女の父は確かに大富豪だが、気前のいい人間ではないらしい。 むしろケチだとミッチも言っていた。 それが、村人の一人にすぎないジョン・アンバーの葬式代を出してやるとは。
 そうなると、アンバー家を敬遠していた近所の人たちも、やはり手を貸そうということになった。 双子はともかく、兄のデュークが真面目な働き者で、評判がよかったせいもある。 隣村の棺桶師、ボーディ・ラッセルが半値で棺を作ってくれ、隣人のマギー・トマソンやキャスの母のアリーが病人の使った部屋をきれいに掃除した。
 デュークは父の遺体を葬儀屋と共に洗い清め、納棺した。 エイプリルの父のおかげで葬儀は教会で立派に行なわれ、参列者も二十人を越えたし、三等だが墓石の手配もできて、ジョンは平和に旅立った。
 その二日後、アンバー三兄弟は引っ越していった。 デトロイトに住む叔父の家へ身を寄せるのだという。 デュークが知り合いを回って、そう挨拶していったのだ。 よく問題を起こしていた双子がいなくなって、校長のヒルワース氏はほっとした様子だったが、一番迷惑をかけられた三人、つまりエイプリルとハンブル先生とヴァン・デューク先生は、なぜか寂しそうだった。





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