表紙
明日を抱いて
 34 恐ろしい話




 心の秘密を打ち明けあって、少女たちの仲はいっそう深まった。 九月から十月にかけて、ミシガン州の畑は次々と収穫期を迎える。 そのため生徒達、特に力のある男の子たちは家の手伝いで学校を休むことがあり、新学期が始まったといっても本格的に勉強が軌道に乗るのは十月半ばを過ぎてからだ。 だから女子も含めて、まだ夏休みの延長のようなのんきな気分だった。
 道端に固まって咲いていたピンクの花を摘んで、リリアンが髪に差しながら言った。
「ハンブル先生はにこりともしない真面目人間だから、宿題たくさん出しそう。 あーあ、夏休みはよかったな。 何にも勉強しなかった」
 学年の変わり目だから、この時期に引っ越す人も多く、宿題を夏休みに出すという発想がないのだ。 だがそれだけ頭から前に習ったことが抜けてしまって、秋学期の先生は大変だった。
「あのさ、町の学校って先生がいっぱいいるんでしょう?」
 突然斜め後ろのキャスに訊かれて、ジェンは振り向いた。
「いっぱいってほどじゃないけど、私が通ってたところには十一人いたわ」
「じゃ、科目によって部屋をいちいち替わるって本当なんだ。 うちは五人しかいないから、理科と音楽のときだけだけどね」
「五人もいたら、この辺じゃいいほうよ。 アスキス村なんか二人で、おまけにその先生たちが喧嘩しちゃって口もきかないのよ。 しかたないから牧師さんと、物知りの雑貨屋のトムソンさんが先生の代理をしてるんだって」
 わいわいと話しているうちに、まずマージの家に着いた。 父親のフィッツロイ氏は医者で、腰が軽く、どこでも気軽に往診するため人気があった。
 玄関前でマージと別れると、すぐ先にエイプリルの家があった。 そこはいわば村の目抜き通りになっていて、前世紀からの大きな屋敷が点在している。 商店が見えてくるのは、通りを二百ヤードほど行った先だった。
 エイプリルの家は、近くのどの建物より立派だった。 彼女の祖父が大富豪の二男で、親が亡くなって財産を相続した後に新天地を求めて東部からミシガンにやってきて、住み着いたのだそうだ。 南北戦争の間も、この辺りはあまり被害を受けずにすんだため、財産は安泰で、エイプリルの父はサイダー作りなど三つの工場と、ランシングに百貨店を一つ所有し、広い土地を貸して農業もやっている大金持ちだった。
 こうやって途中で家にたどりつく子が次々と出て、最後まで残ったのはジェンとポリーだった。 新しく来たジェンがまだ事情を知らないと見てとって、二人きりになったところでポリーは秘密めかしてアールたちの話を始めた。
「アンバー三人兄弟のお父さんはね、もとは優秀な鉄道技師だったの。 でも奥さんに撃たれて」
 ジェンは仰天した。
「撃たれた?」
「そうなの。 肩に弾が当たって右腕がよく動かなくなってね、痛みをこらえるために酒を飲みだして、止められなくなっちゃったの」
「それで撃った奥さんは?」
「逃げちゃった」
 ポリーはあっさりと告げた。
「猟銃を持ったまま汽車に飛び乗ったのを、見た人がいるの。 それっきり」
 いったい何が原因で、妻が夫に銃を向けたのだろう。 三兄弟は両親を一度に失ったようなものだ。 双子が不良っぽくなるのも無理はない。 ジェンは彼らに同情したくなった。






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