表紙
明日を抱いて
 31 新しい担任




 娘達は廊下を歩く間もぺちゃぺちゃとおしゃべりを止めなかった。 そのため、教室の前に着くころには、ジェンの耳はアンバー兄弟、特に長男のデュークの話が、鼓膜が痛くなるほど詰まっていた。
「見た目もかっこいいでしょ? だからもてるんだけど、誰とも付き合わないの。 ハーパーがデュークは女嫌いなんだってからかったら、ホークリッジの樫の木のところに呼び出されて、ぼこぼこにされたのよ。 腕っ節が強いのなんのって」
「そりゃそうよ。 あちこちの雑用をみんなやってるんだもの。 薪割りに屋根直しに石塀の積み上げ、筋肉もりもりになるのが当たり前よ」
「デトロイトにでも行けば、工場でいい稼ぎになるのにって、みんな言ってる。 なぜこんな小さな村でがんばってるんだろうって」
 ほんとに、なぜだろう。 ジェンも不思議に思った。


 廊下の突きあたりが、新二年生の教室だった。 二つ並んだ扉の真ん中に掲示板があって、新しいクラスの生徒名が張り出されている。 真っ先に飛んでいって、前からいる子たちに割り込んだマージが、口に手を当てて驚いた様子を見せた。
「あれ、担任の先生が代わってる!」
 一年から二年は持ち上がりだと聞いていたが、どうやら学校の方針が変わったらしい。 その後、マージは目を皿のようにして名前の列を探し、すぐ嬉しそうな声を上げた。
「ねえ見て! エイプリルとジェンと私、みんな同じ組よ!」
 すぐ後ろから首を突き出して覗いたリリアンが、しゅんとなった。
「やーだー、私だけハンブル先生のクラスじゃないの」
 そこへ教鞭〔きょうべん〕と教科書をかかえた、ひょろっと背の高い男性が歩いてきて、鼻眼鏡を押しあげると、リリアンをじっと見た。
「僕のクラスが何だって?」
 リリアンはさすがにきまり悪そうな顔になって、下を向いた。
「いえ、友達と分かれちゃったもので」
「それはよかった。 授業中に花だの手紙だのを回されないですむ」
 ハンブル先生はさらっと言ってのけ、出入り口にたむろしている生徒たちを長い手で追い立てた。
「さあ、入った入った」
 それからすぐに、二階へ続く階段を丸々とした男性が転がるように駆け下りてきた。 エイプリルが小声でジェンにささやいた。
「あれが私たちの担任のヴァン・ビューゼン先生よ。 理科の先生でもあるの。 あわてんぼだけど、いい先生」
 ヴァン・ビューゼン先生は息を切らしながら、つむじ風のように生徒の中を通り過ぎ、教室に入る寸前に足をすべらせた。 でも反射神経がいいのか、転ばずにそのまま前のドアから突入し、姿が見えなくなった。
「若いのね」
 後ろのドアを開けてどやどやと入っていく生徒達の後についていきながら、ジェンがささやき返すと、マージが答えた。
「まだ二五よ。 あだ名はハンプティ」
 ハンプティ・ダンプティ? マザーグースに出てくる、丸っこすぎて塀から落ちた玉子男? ジェンは笑ってはいけないと思いつつ、中に入って教壇に立つヴァン・ビューゼン先生を見たとたん、顔がほころぶのをどうしようもなかった。  





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