表紙
明日を抱いて
 29 意地悪な男




 ジェンは転校生だから、初めての学校でもいきなり最上級のクラスに入ることになる。 小学校から合わせて九年生だ。 すでに仲良しや住み分けができあがった組に後から入るのは、ふつう大変だが、ジェンの場合、社交的で親切なエイプリルとマージがついていたので、初日からあまり緊張せずに学校の門をくぐることができた。
 下級生もふくめて、女の子たちとはたいてい顔見知りだった。 それでエイプリルやマージ、それにドラッグストアの娘で巻き毛がかわいいリリアン・シモンズと一群になって歩いていたジェンは、校庭にいた子たちから何人も挨拶された。
 男子のほうは、まだ数人しか知らなかった。 マージの隣に住むルーク・ショネシーが校庭の端にある雲梯〔うんてい〕に寄りかかって友達と話していたが、女の子達が通りかかっても、ちらっと横目で見ただけで、普段のように呼びかけてこなかった。
「見栄を張ってるのよ。 女の子なんか相手にしないって感じで」
 マージが鼻で笑った。 すると小柄ながら気の強いリリアンが、鼻息を荒くして言った。
「じゃ、こっちも知らん顔しようよ。 ルークなんてハンサムでもないし、かっこつけたって、フンッて感じよ」
 エイプリルは笑ったが、ジェンは黙っていた。 ルーク・ショネシーは赤毛で鼻にそばかすがあり、確かに美男ではないけれど愛嬌があった。 それになかなか親切な性格だ。 今知らん顔をしていたのは、仲間に格好つけたわけではなく、たぶん恥ずかしかったのだろうと、ジェンは思った。
 そのとき、ふっと校庭の空気が変わった。 にぎやかに騒いでいた女子たちの声が止み、久しぶりに会ってはしゃいでいた下級生の騒ぎも収まった。
 ジェンがなにげなく顔を上げると、校門から男子が三人連れ立って入ってくるのが目に入った。 一人は金髪、あとの二人は茶色い髪だが、三人とも顔立ちがよく似ていた。
 三人を初めて見たジェンは、目を離せずに小声でエイプリルに尋ねた。
「だれ?」
 妙に固い声が答えた。
「アンバー三兄弟よ。 デュークとアールとバロン」
 ジェンは息を詰まらせそうになった。
「冗談でしょう?」
 デュークは公爵、アールは伯爵、そしてバロンは男爵のことだ。 そんなふざけた名前を子供につける親がいるのか。
 マーゴがにやにや笑いながら説明してくれた。
「仇名よ。 本当はデュークがディック、アールはそのままだけど、バロンはバイロン」
「アールとバロンは双子なの」
 リリアンがそう付け加えた。
 エイプリルは口をきゅっと結んで、珍しく怖い顔をしている。 こちらの三人と兄弟達とが、丸太を半分に切って作ったベンチの横ですれちがった。
 そのとき、アールだかバロンだかの茶色い髪の子が、エイプリルを見て声をかけた。
「よう、エイプ。 あいかわらずスカしてんな」
 エイプとは類人猿の意味だ。 エイプリルのつやつやした頬に、赤い斑点が浮かんだ。
 さっと波打つ金髪を後ろへ払って顔を向けると、エイプリルは強く言い返した。
「本物のモンキーがよく言うわ。 頭に枯れ草がついてるわよ」
 他の女子が彼の頭に目をやると本当だったので、女の子たちはくすくす笑い出した。 茶髪の男子は角ばった顎を上げ、こりずにからかい続けた。
「よくわかったな。 オレに見とれてたんだろう」
 今度こそ、エイプリルは激怒して真っ赤になった。
「誰があんたなんかに! アンバーの家に鏡はないの?!」
「もちろんあるさ。 ひげ剃らなきゃいけないからな」
 一緒に立ち止まったものの口は出さなかった双子の片割れが、横から割りこんできた。
「毎朝思うぜ。 オレたちって何てハンサムなんだ」
「バカ」
 マージが口を動かさずに呟いた。
 





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