表紙
明日を抱いて
 28 順調な日々




 長い夏の日も徐々に暮れ、太陽が大きな楡〔にれ〕の木のこずえにかかるぐらいまで降りてきた。
 その少し前から、コニーは何度も勝手口から外に出ては、門のほうを眺めやっていた。 畑の見回りを終えて、雇い人と一緒に戻ってきたミッチが、道から妻の姿を見つけて、声をかけた。
「今帰ったよ。 どうしたんだい?」
「ああ……」
 糊のきいたエプロンをなでつけ、コニーはまず二人の雇い人に会釈してから、ミッチを迎えに出た。 ジャックとレニーという常雇いの男達は、帽子の縁に手をかけてコニーに挨拶すると、のんびりと話し合いながら家路についた。
「ジェンがね、まだ帰ってこないの」
 ミッチはシャツのポケットから懐中時計を引き出して、時刻を見た。
「六時五分前だ。 もう戻ってくるだろう」
 そう言って念のため道路を見渡すと、遠くに点のように小さな人影が見えた。 ミッチは目をこらした。
「あれじゃないか?」
 たちまちコニーは夫の横をすり抜けて門を出た。 手をかざして人影を見分けようとしていたとき、点の一つが急に離れて、走り出した。
「やっぱりな」
 ほっとして、ミッチはパイプを手に取った。 そして口にくわえながら、そっと妻に注意した。
「あの子は約束を破っていない。 まだ日は暮れてないんだから、叱るなよ」
 コニーはわき目もふらず、仔鹿のように駆けてくる娘を見つめたまま、小声で答えた。
「叱ったりしないわ。 ただちょっと心配になっただけ。 水に溺れたんじゃないか、事故にあったんじゃないかって」
「それでこそ親だ」
 ミッチはやさしい口調で言い、妻の肩に手を置いた。 女子供には無愛想といわれるミッチが、コニーにだけはそんな態度を見せる。 周りに人がいないときに限ってだが。


 二人が話している間にも、ジェンの姿はどんどん大きくなり、やがてはあはあ息をつきながら門にたどりついた。
「ただいま。 遅くなっちゃった?」
「いや」
「いいえ」
 ミッチとコニーの返事が重なった。 ジェンは顔中を笑いでくしゃくしゃにして、二人の腕を取り、自然と真ん中に入った。
「楽しかった〜! マージが背泳ぎを教えてくれたの。 ぷかっと浮かんで空や景色を見るのって、すごくのんびりできるのね。
 他にもいろんなことして遊んでね、砂のお城も建てたのよ。 エイプリルがコップとお皿を使ってお城の形をきっちり作ったの。 信じられないほどかっこよかった! 残しておいたけど、すぐ波で壊れてしまうのよね。 惜しいわ〜」
 興奮して一度に何もかも話そうとするジェンをはさんで、夫婦はゆっくりと戸口に向かった。 美しい夕暮れが三人を取り巻いている。 家に入るのが惜しいような、心がふくらむひとときだった。


 翌日から、次第にジェンの日課が定まった。 朝ごはんの後、にわとりの卵を集めに行き、午前中の涼しい時間に、前の学校の教科書をおさらいして勉強を忘れないようにした。
 それから母の昼食準備の手伝いをして、その後は風通しのいい場所で裁縫を習ったり、親友になったエイプリルたちと遊んだりした。
 二人の紹介で、ジェンはどんどん友達をふやしていた。 この分だと、八月末に新学期が始まる前に、学校の生徒のほとんどと顔見知りになってしまいそうだった。





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