表紙
明日を抱いて
 24 感激と喜び




 皿を並べおわる寸前に、ミッチが濡れた手を拭きながら食事室に入ってきた。 ぎりぎりまで外で仕事をしていたようだ。 暑いときは日が落ちてから牛や馬の手入れをするらしい。 木綿のシャツの袖口から人間ではなく馬の汗の匂いがただよってきた。
 ジェンは健康な汚れを少しも気にしなかった。 ゴードンの本家には立派な厩〔うまや〕があり、七頭もの馬を飼っている。 そのうちの一頭はポニーで、キャリーという名前だった。 ジェンは二人の馬番のうち老人のバッツと特に仲良しで、よくキャリーの世話をさせてもらったものだ。 気が強くて気難しいポニーだったが、ジェンには気を許し、ジェンだけは背中に乗っても許してくれた。
 かわいいキャリー、時には私のこと、なつかしんでくれるかな。
 そう思った後、ジェンはすぐ気を取り直した。 ゴードン家での記憶は、それこそ山のようにある。 だからいちいち思い出していては前に進めない。 これからはここで、すばらしい記憶をたくさん作るんだ。


 食前の祈りを短く唱えてから顔を上げたミッチは、女二人の雰囲気がぎこちないのに気づいた。 それで遠慮なく尋ねた。
「どうした。 喧嘩でもしたのか?」
 コニーは首をうなだれたが、ジェンはびっくりして目を丸くした。
「いいえ! すごく嬉しかったのよ。 コニーさんが新しい服を二着もくれたの」
 納得いかないミッチの眼差しが、二人の間を往復した。
「あのピンクのやつか? 楽しそうに縫ってたのにどうした? きれいにできすぎて、やるのが惜しくなったか?」
 ジェンは鋭く息を吸った。 大きく見開いた目がますます広がって、皿のようになった。
「えっ? あれ手作りなの? 母さんが自分で作ったの?」
 無意識にジェンの口から飛び出した、母さん、という言葉が耳に入った瞬間、コニーはテーブルクロスの端を掴んで顔を上げた。
 同時に、ジェンがはじけるように立ち上がって、コニーに飛びついた。 そして、くしゃくしゃの笑顔を母に押し付けると、まだすべすべの頬に音を立ててキスした。
「ありがとう! あんな細かいきれいなスモック刺繍ができるなんてすごい」
 あれほど手の込んだ刺繍の服を作るには、一週間や二週間ではとても足りない。 ヒルダからジェンのサイズを聞いて、少なくとも一ヶ月かけて、ていねいに手縫いしてくれたのだ。 服は体にぴたりと合ったし、刺繍は細かいところまで完璧で、売り物としても相当な高級品になる出来ばえだった。
 だが実は服の仕上げより、それほどの物をわざわざ作ってくれたことに、ジェンは心から感激していた。 母は私を引き取りたかったんだ、本当に歓迎してくれてるんだ、と思うと、嬉し涙が出てきそうだった。
 ようやく体を離しても傍を離れたくなくて、ジェンはコニーの両手を取り、上気した顔で見つめた。 コニーはあいかわらず何を考えているのかわからない表情で視線をテーブルに落としたままだったが、もうジェンははぐらかされなかった。
「あの服を着て教会に行くわ。 それに秋祭りにも。 どんどん背が伸びてるから、早く着ないとあんなすばらしい服が箪笥行きになっちゃう。 ああ、みんなうらやましがるわね〜。 あんたのお母さんってどれだけ器用なの! って言われちゃう」
 まだ食事が終っていないのに、ミッチがパイプを取り出して満足げに火をつけた。
「いいぞ、どんどん見せびらかしてやれ」
「うん、そうする!」
 ジェンは我慢できなくてもう一度、母をぎゅっと抱きしめてから、ようやく自分の席に戻って、元気に食べはじめた。
 コニーは少し身動きし、娘のほうをちらっと眺めて、また視線を落とした。 笑みは浮かべなかったが、目の下がほのかに赤らんで、顔全体が柔らかい光を帯びた。  





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