表紙
明日を抱いて
 19 すぐ親しく




 けだるい夏の午後で、太陽が強く照りつけてくるせいか、これまでジェンが出会った人間はディル一人だけだった。 だが二人で話しながら校門を離れて引き返してきたとき、道の向こうから二人の少女が連れ立って歩いてくるのに行き会った。
 彼女らを見たとたん、ディルはぴたっと口を閉じ、回れ右して、あっという間に姿を消した。 驚くほどの早業で、ジェンが驚いて振り向いたときには、もう見えなくなっていた。 きっと木陰にでも飛び込んだのだろう。
 ジェンがとまどって立ち止まったままでいると、彼女と同い年ぐらいに見える二人が近づいてきて、籠を持ったほうの子が笑顔で訊いてきた。
「こんちは。 道に迷ったの?」
 まだきょときょとしていたジェンは、甘やかな声を耳にして顔を上げた。 そして視線が釘付けになった。
 うわっ、この村って美人ばっかりなんだろうか!
 話しかけてきた子は本当にきれいだった。 コニーとはまったく違うタイプで、ウェーブのかかった金髪が肩になびき、眼は晴れた空のような真っ青。 肌も淡く日焼けして金色に輝いて、まさに夏の申し子という感じだった。
 隣にいる子もなかなか人目を引いた。 こちらは艶のある栗色の髪をゆるく編んで頭に巻きつけ、整った気の強そうな細い顔を後光のように囲んでいた。
 ジェンはすぐ気を取り直し、持ち前の気さくな調子で答えた。
「ううん、今日からここに住むようになったんで、学校を見に来たの」
 とたんに少女たちの眼が親しげになった。
「そうなの? 今何年生?」
「二年よ」
 二人は顔を見合わせて、声を弾ませた。
「私達も」
 ジェンは抵抗なく受けいれられたらしい。 だいたいいつもそうなるのだ。 二人はすぐ親しげに近寄ってきて、名乗りを上げた。
「私はエイプリル、この子はマージ。 あなたは?」
「ジェンよ、よろしく」
「あら、かたっくるしい挨拶なんかしないでいいって。 もう学校は見た?」
「うん、外からね」
「中まで入れるよ」
 マージがさっぱりした口調で言うと、金髪美人のエイプリルが思い出して首を振った。
「今日はだめ。 アルフが休みだから。 ほら、木曜でしょ?」
「そうか〜。 ああ、アルフって学校の用務員さん。 木曜の午後はお稽古に行くんだ」
「お稽古?」
「ええ、パイプオルガンの」
 思いがけない楽器の名前に、ジェンは目が点になった。
「それは……すごいわね」
「ランシングの教会にパイプオルガンがあってね、木曜日だけ弾かせてもらえるの。 アルフはもともと教会でオルガン弾く人なんだけど、もっと上をねらいたいらしいのよ」
「いつかドイツかフランスの大聖堂に行って、演奏会開きたいんだって。 ほら、昔の作曲家のバッハみたいに」
 すばらしい。 ジェンはそのアルフという人に、早く会ってみたくなった。
 一緒に育ったバーンズ家の三人きょうだいは、みんな大きな夢を持っていた。 長男のアンソニーは飛行機の設計をやりたがっているし、活発なピーターは不老不死の国があるという中央アジアに旅をするつもりだった。 そしてワンダの願いは一流のバレリーナになること。 八つのときからフランス人の教師についてレッスンしていて、筋がいいといわれていたが、舞台に立つことは父親のジョージが絶対に許さないだろうと、ジェンは密かに心配していた。





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