表紙
明日を抱いて
 18 新しい学校




 でも、男の子はジェンに会って、ボビーへの襲撃なんかどうでもよくなったらしかった。 静かな村に現れた新顔ということで好奇心まんまんで、遠慮なしにジェンの手首をつかむと木陰に引き入れ、幹に寄りかかって話しはじめた。
「オレはディル、村はずれで父ちゃんと暮らしてるんだ。 で、ねーちゃんの名前は何てーの?」
 この耳なれないしゃべりはどこの地方のものなんだろう。 中西部一帯はアメリカの平均的な話し言葉だと言われていて、東部ほど気取っていないし南部のような特徴的ななまりもなく、いわば標準語なんだけど。
 ジェンは不思議に思いながらも、気さくに答えた。
「ジェニファーよ。 友達にはジェンと呼ばれてるわ」
「よっしゃ、じゃジェン、どこの家へ遊びに来たんだ?」
「訪ねてきたわけじゃないの。 ずっとここに住むの」
「へえ〜」
 男の子は目を光らせた。
「誰んとこへ?」
「マクレディさんのとこよ。 ミッチ・マクレディ」
「ふーん。 あの熊親父んとこか」
 熊親父って! たしかにミッチは毛深く、ひげは生やしていないものの大きなもみ上げをもしゃもしゃさせ、眉毛も相当に濃い。 声もとどろくように低く、子供から見れば熊のように大きくておっかない存在かもしれなかった。
 いろいろ訊かれたので、ここらでジェンも訊き返すことにした。 村の情報はたくさんあればあるほどいい。
「ここの中学に入るんだけど、どう行けばいいか、わかる?」
 するとディル少年は狐のような表情になり、上目遣いで尋ねてきた。
「案内してやったら、いくらくれる?」
 ジェンは目をぱちぱちさせた。 このチビさんは、なかなか計算高いらしい。
「一セント(今の四百円ぐらい)かな? でも今お財布持ってないのよ」
 ディルは目を細くして一瞬考え、それから手に唾をして差し出した。
「まあいいだろう。 後払いにしてやるよ。 さ、手打ちだ」
 参ったな……。 ちょっとたじたじとなりながらも、ジェンは面白がって、ディルと固い握手を交わした。


 それから少年に連れられて、ジェンはまた道に出て歩き出した。 ふたつ角を曲がり、小川に沿って二百メートルほど行ったところで、ディルは足を止めて、平屋の建物が三つ並んでいるのを指差した。
「あれだよ。 ゲインズフォード中学校。 今は夏休みだから、留守番しかいねーよ」
 なるほど。 薄茶色と白に塗られた校舎はまだ新しく、破風〔はふ〕の三角部分には石に彫ったと思われるフクロウと小鳥の浮き彫りがほどこされていて、なかなか立派だった。
「すてきな学校ね」
 ジェンが感心すると、ディルは自分が褒められたように胸を張った。
「だろう? ここらへんのお偉いさんが金出したんだぜ。 村の連中も寄付したし、大工のトーマスおやじも儲けなしで建てたんだって。 再来年には高校も建てるって噂だよ。 そしたらウォーカーまでわざわざ通わなくてすむからな」」
 私は高校に入れるのかな。
 ジェンは少し気になった。 ミッチの家は頑丈できれいだし、畑や鶏小屋もしっかりしている。 収入はそれなりにありそうだが、義理の娘の学費まで出せるだろうか。
 行けなかったら、それでもいいさ。 ジェンはすぐ割り切って、帽子からずれてきたスカーフを結びなおした。 働きながら通信教育を受けるという手もある。 やる気があって体が丈夫なら、道は開けるはずだ。





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