表紙
明日を抱いて
 17 妙な出会い




 ミッチが悩む妻をなぐさめているとき、ジェンは埃っぽい静かな道をとことこと歩いていた。 真夏といってもこの付近は、ミシガン湖からの風が吹き寄せるため、そんなに気温は上がらず、木陰を通ると汗がすっと引いていった。
 ポプラやぶなが立ち並ぶ林を抜けると、さんさんと日が当たる野原に出た。 小川が真ん中あたりを斜めに横切り、あちこちにピンクと白の小さな花が咲き乱れている。 まるで童話の国だ。 家のすぐそばに、こんな魅力的な空き地があるなんて。 ジェンは小さな幸せをひとつ見つけたような気分で、青空の下に足を踏み出した。
 とたんに、少年特有の高い声が降ってきた。
「シッ! あっち行けよ!」
 ジェンはあわてて首をめぐらした。 いったいどこからの叱り声だろう。
 すぐに同じ相手が、もっと早口で喧嘩を売ってきた。
「どけってんだ、ババァ!」
 ジェンは目をぱちくりさせた。 まだ十代の前半だから、ババァといわれたのは、さすがに生まれて初めてだった。 ようやく声の発信元がわかって、ジェンは四ヤード(約三・六メートル)ほど離れた樫の木を見上げた。
 最初は何の姿も見えなかった。 だがしつこく見つめていると、厚く茂った葉ががさごそと音を立て、日焼けした少年の顔が覗いた。
 くりくりした茶色の眼が、深く被った麦藁帽子の下から覗くジェンのつやつやした顔をとらえた。 とたんにヒューッという息が漏れ、少年は頭に載せていたくしゃくしゃの鳥打帽をあわてて脱いで、胸に当てた。
「こりゃあ、たまげた!」
 そして口笛を吹いた。 街で若者が美人を見つけて吹く、例の調子で。
 可笑しくなって、ジェンは首をかしげ、顔をくしゃっとしてみせた。
「ババァじゃなかったの?」
「とんでもねぇ!」
 しゃがれた叫び声と共に、彼は身軽に飛び降りてきて、胸に手を当てると騎士みたいな優雅なおじぎをしてみせた。
「すっごくイカしてるぜ、ねーちゃん」
 言葉遣いは騎士とは程遠い。 それに身長もジェンの半分くらいしかないから、せいぜい八つか九つというところだった。
 年上の余裕で、ジェンはいかにもいたずらそうな少年に微笑みかけた。
「それはありがとう。 でも、さっきは怒ってたじゃない? なぜ?」
「ああ……」
 男の子は帽子を手の中で丸めると、声を落として白状した。
「ここで待ち伏せしてたんだ。 ボビーの奴が来たら、上から飛び降りてぼこぼこにしてやるつもりでさ」
「友達?」
 男の子はあきれて、リスのようにつぶらな眼をぐるんと回した。
「とんでもねぇ! 敵だよ敵!」
 どうやら、とんでもねぇ、というのが彼の口癖らしかった。    





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