表紙
明日を抱いて
 16 母の本心は




 ミッチからもらった麦藁帽子はジェンにはぶかぶかで、風が吹いたら飛んでいってしまいそうだった。 だがジェンは慌てず、部屋に置いた鞄を開いて薄物のスカーフを取り出し、三角に折って帽子の上から被ると、顎できっちりと結んだ。
「行ってきま〜す」
 明るい声と共に、玄関ドアが閉まった。 軽やかな足取りで門へ向かうジェンの姿を、コニーは窓辺に隠れて、じっと見守った。
 食い入るように娘の後ろ姿を目で追っている妻に気づいて、ミッチも横に立って外を見た。
「どう思う?」
 コニーの白い喉が、苦渋を飲み込むように大きく動いた。
「しっかりしてるわ」
 ミッチはズボンのポケットからパイプを取り出すと、火をつけた。
「それだけじゃない。 明るくて思いやりがある。 バーンズの一家にえらく好かれているようだった。 末の男の子なんか、まるで人さらいのように睨みつけてきたよ」
「ピーターね。 ジェンと一緒に育ったの」
 二階と同じ白いカーテンの端を握るコニーの指が、小さく痙攣した。
 ジェンは門にたどりつき、左右を見回していた。 どっちへ行くのか確かめようとしてコニーが体を傾けると、ミッチも同時に動いて、胸にぶつかった。
 そのままミッチは妻を引き寄せ、片腕で抱いた。
 コニーは急に沸いてきた涙を隠そうとして激しくまばたきしながら、夫の肩にもたれた。
「ありがとう。 あの子を引き取ってきてくれて。 私だけじゃどうにもできなかったわ」
 くゆらせていたパイプを口から離すと、ミッチは低く答えた。
「おやすい御用だ。 いつも言ってるだろう? 君のためなら何でもするって」
 コニーは大きく頭を振った。
「いいえ、あの子と住まわせてくれるだけで、もう充分。 これからは私があなたに尽くすわ」
 ミッチの口元が柔らかくほころんだ。
「これ以上どうやって? 家はいつもきれいだし、料理は品評会で優勝する腕前だし、おまけにこうやって家の中で煙草を吸わせてくれる。 マクリーンを見ろよ。 パイプを出すたびに奥さんに追い出されて、毎晩ベランダに赤い光がちらちらしてる」
「あの人は煙突みたいに朝から晩まで吸うもの。 あなたは違うわ。 食後の一服だけじゃない。 それにお酒も飲まないし。 仕事で疲れるんだから、息抜きが必要だわ」
 むきになって反論する妻を、ミッチは大事そうに抱え直した。
「君こそ今のままでいてくれれば、それで充分だよ。 こういうふうに俺にはよく話してくれるし」
 とたんにコニーはしおれてしまった。 うつむいた妻の顎に手をかけて、そっと上を向かせると、ミッチは真心をこめて言った。
「心配することはない。 ジェンはいい子だよ。 列車で戻ってくるとき、最初は俺も気まずかったんだ。 あの年頃の子に何を話せばいいのかわからなかったもんで。 だが俺が黙っていても、あの子は気にしなかった。 景色を見たり本を読んだりして、楽しくやってたよ」
 たまらなくなって、コニーの唇が細かく震えた。
「声をかけたかったの。 ずっと考えていたのに、いざ会ったら頭が真っ白になって、一言も思い出せなかった…… ただ抱きしめて、揺すりたかったけど、そんな勇気はどこにもなくて…… 冷たくされたら心臓が止まってしまいそうで、口も体も動かなくて」
 ミッチはパイプを近くのテーブルに置き、全世界から守るようにコニーを両腕で包みこんだ。
「焦ることはないよ。 もうあの子はどこにも行かない。 ずっとここにいるんだから、少しずつ慣れてくる。 きっと仲良くなれるさ」





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