表紙
明日を抱いて
 15 妻自慢の夫




 ミッチとコニーには子供はいなかった。 だから三人で食卓につくと、ミッチが短い食前の祈りを唱え、みな頭を垂れてから食事にかかった。
「神様、今日の恵みを感謝します」
 組み合わせた手をほどいて野菜スープを口に入れたとたん、ジェンははっとして笑顔になった。 この味! ヒルダが作ってくれるポテトスープの味付けそのものだ。
「おいしい」
 思わず声が出た。 するとコニーの手が止まり、ミッチの口元がほころんだ。
「そうかい。 おれもこのスープには目がなくてね。 コニーが料理上手で助かる」
 続いて食べたミートローフもなかなかのものだった。 ヒルダが家政婦だけでなく、バートン家の料理人が休んだときに臨時で料理作りもできたのは、姉妹の母親から受け継いだ腕のおかげだったらしいと、ジェンは気づいた。
 その秘訣を、母は私にも教えてくれるだろうか。 そうなったら料理学校に行かなくても料理人になれるかもしれない。 少なくとも大きな助けになる。 自分の料理好きは母から受け継いだものだったのかと思うと、胸がわくわくしてきた。
 味がいいし空腹だったしで、ジェンは出された食事を綺麗に食べつくし、これまたおいしいプリンをデザートにした後、また手を合わせて食後の感謝をすませてから、台所へ皿を下げに行った。 コニーはすぐに桶を水で満たして食器を洗い始め、ジェンは自然と横に立って布巾〔ふきん〕で拭く役に回った。
 気づくとミッチがゆったりと柱によりかかっていた。 そしてジェンと目が合うと、瞬きして言った。
「おれの役目がなくなっちまったな」
 あら偉い、ミッチさんはお皿拭きを手伝う人だったんだ──ジェンは気持ちが明るくなった。 二人はきっと仲のいい夫婦なのにちがいない。 後から入り込む自分は、できるだけ邪魔にならないようにしなくちゃと、心で誓った。
 コニーは料理以外でも、よい主婦らしかった。 玄関に台所、食事室、そして二階の部屋、これまで見たどの場所もピカピカで掃除が行き届いていたし、初めて来たジェンにさえ布巾や食器のしまってある場所が一目でわかった。
 女二人、どちらも作業が手早かった。 ジェンは置き場所を母に訊きながら皿を棚に並べ、コニーはナイフやフォークを念入りに磨いてから引き出しに入れた。 なんだか何年も前からずっとやっているように息が合った。
 すべて片付いた後、母は裏口の戸を開けて、うっすらと曇ってきた空を見上げた。
「少し気温が下がってきたわ。 雨は降らなそうだから、少しこの辺りを見てきたら?」
「はい」
 ようやく母の口から出た、母親らしい言葉だった。 ジェンが軽やかな足取りで帽子を取りに二階へ上がろうとすると、横からミッチが出てきてポンと大きな麦藁帽子を渡してくれた。
「こっちのほうが大きな陰ができて涼しいぞ」
「ありがとう!」
「遠くへ行き過ぎるなよ。 迷子になったら大変だ」
 ジェンは声を立てて笑った。
「そんな小さな子供じゃないわ。 でも気をつけます。 ちゃんとした道だけを通るようにするわ」
 おいしい食事というのは偉大だ。 おなか一杯になって満足した今、ぎこちなさはずいぶん薄れて、なごやかな空気がただよいはじめていた。





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送