表紙
明日を抱いて
 13 新しい部屋




 そのままジェンはミッチの後をついて、二階へ上がっていった。 まっすぐな木の階段は狭く、傾斜もきつかったが、若くてすらりとしたジェンは気にならなかった。 ただし、両側に荷物を下げたミッチには少し狭そうだった。
 右二つ目の部屋の前で止まると、ミッチが言った。
「両手がふさがってるんで、開けてくれ」
 ジェンはすぐドアノブを回して開いた。 すると部屋の正面にある窓から光が差し込んで、薄暗い廊下が一気に明るくなった。
 ドアの向こうは、小さいがきれいな部屋だった。 壁は白く塗られ、床と窓枠、それにドアはオーク材でできていて、よく磨きこまれて光っていた。 部屋は縦長で、箪笥と小さい机と椅子、狭いベッドが整然と並んでいる。 ジェンが暮らしていたレイクウッドの部屋の五分の一ほどの広さだろうか。 でも窓が大きいので圧迫感はあまりなかった。
 その窓には、手編みのレースで縁取ったローンのカーテンがかけてあった。 簡素な室内の唯一の飾りだ。 ジェンは帽子を脱いでとりあえずベッドに置くと、窓辺に寄って外を眺めた。
「ここから見えるのがミッチさんの農場?」
 荷物を床に降ろしたミッチは、ジェンと並んで窓の前に立った。
「そうだ。 牛が今五頭いて、畑では小麦とトウモロコシ、きゅうりなんかを作っているんだ」
「あれは鶏小屋ね」
 ジェンが母屋の横に建っている片流れ屋根の小屋を指差すと、ミッチは首を伸ばして確かめてからうなずいた。
「そうだ、手始めに卵を集めてもらうかな。 鶏がこわいかね?」
 ジェンは目を丸くした。
「いいえ。 中学の校庭に鶏の檻があって、生徒たちが交代で世話をしていたの。 町といっても学校は外れにあって、狐が下を掘って盗みにくるからアスファルトで固めたのよ」
「へえ、都会といっても、こっちとあんまり変わらないんだな」
「レイクウッドはそんなに都会じゃないわ。 ちょっと郊外に出ると森や川があって、学校からハイキングに行ったりできるの」
「そういうのは好きだったかい?」
「ええ、歩くの好き」
「この辺りじゃ、冬はあまり歩けんがな。 夏はこのとおり、けっこう暑いが、冬は冬でひどく寒いんだ。 運河が凍るほどな」
「じゃ、スケートができるのね」
 ジェンは嬉しくなって声を弾ませた。
 自宅に戻って、ミッチは気が楽になったらしい。 旅の途中とは別人のように、よく話してくれる。 ジェンもその雰囲気に乗って、楽しく会話していた。
 そうやって話し合っていれば、階下に下りるのを後回しにできるという理由もあった。 ジェンは美しいが大理石の像のように無言でぴりぴりした母と顔を合わせるのが、ひどく気が重かった。 母はやっぱり、長く離れていた娘を引き取りたくなんかなかったんだと、そう思えてならなかった。





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