表紙
明日を抱いて
 12 母との対面




 村の表通りを離れて一マイル(約一・五キロ)ほど来たところで、ミッチは、というよりミッチの馬はさっさと道を曲がり、立派なニレの木が覆いかぶさるように両側に生えている小道に入っていった。
 そこがミッチの家の入り口だということは、馬の仕草からすぐわかった。 ネロという名のその馬は、いかにもホッとした様子で石造りの井戸の横に立ち止まり、ミッチが引き具を外してくれるのを待ちかねていた。
 ジェンはすぐ身軽に立ちあがったものの、降りようとして少しためらった。 乗るときに高かった座席は、降りるときには小山のようにそびえて見えた。 背もたれに手をかけて飛び降りようかと思っていると、先に下りたミッチが回ってきて、いとも簡単に抱き下ろしてくれた。
「コニーが乗るときには踏み台を使ってるんだ。 忘れてたよ」
 なるほど。 ジェンは明るくうなずいて馬車の背後に行き、きびきびと自分の荷物を降ろしはじめた。 その姿をちらっと眺めて、ミッチは馬を優先させることにし、引き綱を取って馬屋に入れてから水を持っていった。
 軽く馬の汗をふいてやってから、ミッチが門のところへ戻ると、ジェンは最後の鞄を玄関の前に運んでいく最中だった。 一番大きなバッグで引きずりそうになっていたので、ミッチは足を急がせて追いつき、受け取って替わりに持っていった。
 家は静まり返っていた。 ミッチがドアを叩くと、少し経ってから小さな足音が近づいてきて、扉が開いた。
 ミッチの一歩後ろにいたジェンは、午後の日が斜めに当たる戸口に現れた姿を見たとたん、動けなくなった。 あまりの驚きに、息まで苦しくなった。
 実母の顔を知らなかったわけではない。 コニーの姉にあたるヒルダが姉妹の若い頃に並んで写した写真を持っていて、何度も見せてもらったことがある。 だが写真の二人は緊張して澄まし顔をしていたし、全身を写したので顔が小さくなっていた。 それにヒルダによれば写真館の主人がやたら美人顔に修整してしまったというので、本物はもっと普通だろうとぼんやり考えていた。
 だが、その予想は間違いだった。 まったく、完全に違っていた。 実物のコニー・バーンズ、今のマクレディ夫人は、これまでジェンが見たこともないほどの美人だった。 秀でた白い額から完璧な形の鼻筋が通り、ブルーサファイアのような澄んだ瞳を長く濃い睫毛が取り巻いている。 口元は桜色で愛らしく、下唇にキスしたくなるような凹みがあった。
 私に全然似ていない──ジェンは圧倒されて、声が出なかった。 こんな絵に描いたような美女で、おまけに二十代そこそこにしか見えない人が、私の母親だなんて……!
 コニーのほうも口を開かなかった。 艶のある黒髪をきっちりと巻き上げてアップに結い、青いギンガムのワンピースに白のエプロンをつけている姿は、ごくありふれた主婦の身なりだ。 しかし本人はまったくありふれていなかった。 普段着なのに、変装したおとぎ話の王女が立っているように全てが優雅だった。


 女二人が無言で見合っているのを耐えかねたのだろう。 ミッチが咳払いして言った。
「無事に連れてきたよ。 荷物を中に入れたいんだが」
 コニーはようやく視線を娘から外し、うつむき加減で場所を譲った。 ミッチは鞄をすべて手に提げたり脇に挟んだりして持つと、さっさと家に入っていった。
 残されたジェンは、生まれて初めて何と挨拶していいかわからず、足をひょろつかせながら戸口をまたいで、帽子箱を命綱のように胸に抱きしめたまま、母の前を通り過ぎた。





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