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11 村に着いて
ジェンは思わず体をねじって、しかめ面のミッチをまじまじと見つめた。 でもヒルダおばさんはいつも…… 「じゃ、私を引き取りたくなかったのはお母さんなの?」
手綱を握るミッチの手が不意に白くなり、静脈が浮き上がった。
「ちがう。 今言っただろう? ヒルダが君を手元に置きたがったんだ。 ネイトと三人で実の家族みたいに暮らしたかったんだろう」
ネイト・メルヴィルはヒルダの最初の夫で、バートン家の執事をしていたが、六年前に肺炎で急死していた。 陽気で優しい男で、ジェンにとっては実の父と同じような存在だった。 ぶっきらぼうで何を考えているのかわかりにくいミッチとは正反対だ。
それでもジェンはミッチを嫌わなかったし、むしろ親しみを持っていた。 それは彼がすがすがしいほど正直だからだ。 誰だって、妻が昔ひそかに産んだ他人の子供を引き取って、近所の注目を浴びたいとは思わないはずだ。 地方の町は都会とちがって、長年住みついている顔見知りの集まりだ。 道徳的にも町より厳しく、未婚で生まれた子は白い目で見られがちだと聞いた。 だからミッチが無愛想なのは当然なのだ。 いろいろと面倒なのに、行き場がなくなった子を引き取ってくれるのは親切な証拠だった。
初めて事情を少し話してもらえたので、ジェンは嬉しくて明るい笑顔になった。
「ネイトおじさんを知っているの?」
「ああ」
余計に入った拳の力を少しゆるめて、ミッチは唸るように答えた。
「三度ほど会ったことがある。 親戚の集まりや何やで」
「そう」
そのときネイトおじさんをどう思ったか訊きたかったが、やめておいた。 ミッチは明らかに話を続けたくない様子で、馬に声をかけた後は固く口をつぐんでしまった。
果樹園や林、牧草地に整然とした畑、馬車が通り過ぎる景色はどこも手入れされていて、想像した以上に美しかった。 湖が近いせいか、夏の盛りなのにそれほど暑くなく、進行方向から吹き付ける風が頬に快い。 ミッチの沈黙に慣れたジェンは、ワンダに贈られた縁の広い帽子をありがたいと思いながらしっかり手で押さえて、飽きずに周りを眺めて楽しんだ。
のんびりと半時間ほど馬車で走った後、道の周囲にぽつぽつと人家が現れはじめた。 木陰に椅子を持ち出してたむろしている老人二人が、ミッチを見つけて立ち上がり、声をかけてきた。
「よう、町へ出たんか?」
馬車を止めると、ミッチは大声で答えた。
「ああ、親戚の子を連れてきた。 ジェンというんだ」
「そうかい」
背の高いほうの老人が、帽子をちょっと上げてジェンに挨拶した。
「わしはビブスだ。 よろしくな」
「初めましてビブスさん」
老人の口が耳まで届くほど横ににんまり開いた。
「ビブスに
さん
はいらないよ」
もう一人の小柄で太った老人は、よく光る眼でジェンを観察していた。 好奇心に満ちているらしい。 ジェンは彼にもくったくない笑顔を向けた。
「こんにちは」
小柄な老人はうなずき、ようやく声を出した。
「カートだ。 雑貨店をやっとる。 飴は好きかね?」
「ええ、大好き」
「じゃ村に来たら寄っとくれ。 サイダーもあるよ」
「はい」
「じゃ、またな」
と声をかけて、ミッチが馬を出した。 少し行ったところでジェンが振り返ると、二人の老人は立ったまま馬車を見送っていた。 そして、ジェンが手を振ると、のんびりと振り返して来た。
姿勢を戻したジェンは、密かに考えた。
ビブスさんのほうは大らかそうだ。 でも雑貨店のカートさんは警戒していた。 いちおう受け入れてくれたようだけど、まだ本心はわからない。
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