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10 意外な事情
ミッチは知り合いの馬車屋に自分の馬車を預けていた。 それは町の人が乗るような屋根つきのしゃれた車ではなく、頑丈一筋の荷馬車で、座席といっても御者席の隣だけだが、ただの分厚い板でしかなかった。 長く乗れば必ずお尻が痛くなりそうだ。 しかも高さが相当あり、思い切り足を上げないと踏み台まで届かなかった。
ジェンは初めちょっと困ったが、ミッチが馬をつけるのに忙しそうなので、まず荷物を後ろの荷台に積み込んでから、御者席の背板を掴んで体を持ち上げ、あぶなっかしい体勢で席に着こうとがんばってみた。
そのとき、不意に体が軽くなった。 そして、羽根のようにふんわりと座席に下ろされた。 誰かがジェンの脇の下に手を入れて簡単に持ち上げ、座らせてくれたのだ。
あわてて振り返ると、まず白い歯が見えた。 それから右側の肩紐が外れたオーバーオールと、すりきれた木綿のシャツが。 腰に手を当てて立っているのは、ミッチよりさらに大きく十年ほど若い、よく日に焼けた男だった。
「まあ、ありがとう」
ジェンはにっこりして、明るく礼を述べた。 とても感じのいいおじさんだと思った。
すると男は大きな帽子の前をはねあげてあみだにして、ジェンがよく見えるようにしてから、遠慮なくじろじろと眺めた。
「めんこいなあ。 都会の子か?」
「東部から来たけど、大都会じゃないの」
「俺はイーサン。 馬車屋だ。 でもみんなタイガーって呼ぶ。 あんたは?」
「ジェニファー。 みんなはジェンと呼ぶわ」
そこで馬を付け終わったミッチが振り向き、イーサンに料金を渡しながら渋い声で言った。
「ここらもだいぶ自動車が増えたな。 あんたのとこも馬車が減って大変だろう」
イーサンは真顔になって帽子を深く被りなおした。
「そうなんだ。 だからぼちぼち車の仕事もすることにしたよ。 今は蒸気自動車が主流だが、これからはガソリン車が便利で売れるって話なんで、思い切ってガソリン給油所をやることにしたんだ」
「ほう、かみさんはうんと言ってくれたか?」
イーサンは帽子を取って茶色い髪の頭をごしごし掻き、照れ笑いを浮かべた。
「最初は文句言ってたが、こないだ親父さんのところへ言って金借りてきてくれたよ。 いい女房だ」
「じゃ失敗できんな。 ぽしゃったらかみさんに箒で叩き出される」
男二人でバカ笑いをした後、ミッチは長い脚でさっさと馬車に乗り、がっしりした馬に手綱で合図を送って出発した。
男同士だと弾む会話だが、ジェンと二人きりになったとたん、またミッチは口を開かなくなった。 馬車が揺れるので、本を読むわけにもいかない。 ジェンはしなやかに座ってうまく左右にバランスを取りながら、思い切って話しかけてみた。
「私を引き取るのに賛成してくれて、どうもありがとう」
ミッチは三秒ほど無言のままでいた。 やがて角にさしかかって馬がゆっくり曲がってから、再び速度を上げるまで。 あとしばらくはまっすぐな道が続くようだと、ジェンが前を見渡していると、ミッチが不意に話し出した。
「おれは最初から反対なんかしたことはない。 手放さなかったのはヒルダのほうだ」
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