表紙
明日を抱いて
 7 車に乗って




 ミッチことミッチェル・マクレディは両手に荷物を下げたまま、足を止めた。 その短い間に、奥からセリナが走り出てきて、半泣きの顔でジェンを大きく抱いた。
「冬になったらきっと行きますからね。 元気にしていてね」
 別荘の角を曲がってワンダの男きょうだいも現れた。 二人ともむっつりした顔をしていた。
 やがてアンソニーのほうが進み出て、ジェンの肩をポンと叩き、笑顔になって言った。
「ジェンならうまくやれるよ」
 だがそれは表向きの言葉で、軽く抱きよせながら耳元で囁いた。
「後で誰もいないときにポケットを見るんだよ。 我慢できなくなったらいつでもレイクウッドに戻っておいで。 うまく隠してあげるから」
 そこでアンソニーは押しのけられた。 後ろにいたピーターが兄のシャツを引っ張ったまま、ぶすっとした表情でそっけなく呟いた。
「やっぱ行っちゃうのか」
 ジェンはわずかに目を見開いた。 愛想のないピーターが別れを惜しむような言葉を発したのは、これが初めてだった。 驚いたせいで緊張がほぐれ、ジェンは危うく涙ぐみそうになって、あわててまばたきした。
「行くわよ。 自分の家ができたんだもの」
 そう大胆に言ってみたが、自信はなかった。 大きくて無愛想な義理の父と、子供なんかほしくなかった実の母が住む家。 向こうはいやいや引き取るだけなのに、はたして家族として認めてもらえるのだろうか。
 ピーターはふっと笑い、額に垂れ下がってくる長い前髪をうっとおしそうに払ってから、掌を上にして右手を突き出した。 そこには祭りの露店で買った銀色のホイッスルが載っていた。
「熊が出たら、これで追っ払いな」
 どう答えたらいいかわからず、ジェンは笑い出してその笛を受け取った。


 背後を振り返ると、ミッチは自動車のドアに寄りかかるようにして、ヒルダと話していた。 どちらも固い表情をしている。 だが結局折れたのはミッチで、運転手に荷物を渡してからジェンを手で招いた。
 いよいよ出発だ。 兄たちの後にまたしがみついたワンダと頬を押し当てあってから、ジェンは決然と車に近づき、助手席に乗り込んだ。 ヒルダとミッチは後ろの席に並んで座るしかなかったが、どちらもぎこちなく、できるだけ触れ合わないように注意していた。
 鉄道の駅まで約半時間の間、三人は数えるほどしか言葉を交わさなかった。 途切れ途切れの話からジェンにわかったのは、実の母のコニーがすっかり神経質になって家の掃除ばかりしていることと、ジェンが秋から入学する学校の手続きがもう済んでいることぐらいだった。






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