表紙
明日を抱いて
 5 気まずくて




 旅行用の服は何枚も持っていた。 その中から、ジェンは茶色で折り返しにチェックのついた一番地味なものを選び、急いで着替えた。
 ワンダはふくれっ面で、準備よく手袋の傍に置いてある揃いの帽子を渡しながら言った。
「やっぱり来ちゃったわね」
 ジェンは鏡の前で帽子と襟元を整えた。
「約束だもの。 わざわざ遠くまで迎えに来てくれて、親切な人だわ」
「余計なお世話よ」
 聞き取りにくい低音で呟くと、ワンダはいきなりジェンの後ろから抱きつき、思い切り力をこめた。
「冬に会いに行っていい?」
 驚き喜んで、ジェンは藍色の瞳を輝かせた。
「来てくれるの? 嬉しいわ。 お父様がいいと言ってくださったら、大歓迎よ」
「うちの父は絶対にいいと言うわよ。 問題はジェンの預かり親ね」
 そう言って、ワンダは意味ありげに床へ視線を向けた。 ちょうどジェンの寝室の下あたりに、オレンジの間がある。
「きっといい人よ。 事情をわかっていて母と結婚した人だから」
 ジェンは穏やかに答えた。 そう思いたかった。


 二人の少女が寄り添って、優雅に曲がった広い階段を下りていく途中で、ジョージのよく通る声が近づいてきた。
「うちのポーリーに車で駅まで送らせましょう」
「いや、そんな」
 ジョージと対照的な声がすぐ続いて聞こえた。 低く、こもっていて、まるで遠雷がとどろくようだ。 ワンダは踊り場で足を止め、ジェンの腕を引っ張って手すりの上に身を乗り出した。
 すぐに男たちが姿を現した。 並み以上の身長だが細めのジョージと、彼の少し後ろから歩いてくる……巨人! そうとしか言えない熊並みの大男が、きゅうくつなスーツ姿でのっそりと視界に入ってきた。
「うわっ、ボタンが飛びそう」
 口に手を当てて、ワンダが囁いた。 ジェンは目を丸くしてマクレディ氏のもじゃもじゃ頭を見つめていたが、横でワンダが吹き出しかけているのを見て、急いで口を手でふさいだ。
 それがかえっていけなかった。 ワンダは勢いでプッと吹き、笑いが止まらなくなった。
 たちまちジョージとマクレディの頭が上向きになり、手すりに寄りかかって爆笑している娘と、その横を離れて流れるような動きで駆け下りてくるもう一人の娘を交互に目で追った。
 ジェンはすまなさで一杯だった。 ワンダがここ数日落ち込み、気持ちが不安定になっているのはよくわかっていたはずなのに、つられて覗き見なんかするんじゃなかった。 彼女がわざと笑っているのではないのもわかっていた。 いきなり緊張の糸が切れて、押さえがきかなくなっただけなのだ。
 玄関広間の床に足が着くと、ジェンはできるだけ早く二人の傍に行き、黙って立っているマクレディ氏の前に立った。 そして勇気を奮って、まっすぐ彼の顔を見た。
 驚いたことに、マクレディは怒っても困ってもいなかった。 ただ穏やかな目で静かに見返していた。 動じないその表情を見た瞬間、ジェンはひらめくように思った。
 この人とは、きっと気が合う。 願ったとおりのいい人だ!
「こんにちは、ジェニファーです。 ジェンと呼んでください」
 自然に笑顔と、握手の手が出た。 マクレディは一瞬ためらったように見えたが、すぐケヤキの葉ぐらいありそうな手のひらで、ジェンの手を包んだ。






表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送