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―エピローグ5―
香南が訊こうかどうしようか迷っているうちに、蔦生のほうが口を切った。
「認めたよ、秀紀のやつ」
察してはいたが、なんともいえない気持ちになって、香南は夫の表情を探った。
「そう……どんな気分?」
「すごく腹立った」
当然だろう。 言葉でうまく応じられず、香南は何度も大きく頷いた。
蔦生は彼女に身を寄せ、肩に手を置いた。 分厚く温かい手のひらだった。
「でも、いちおう休戦するつもりだ」
「休戦? もう戦うの止めるんじゃないの?」
とたんに蔦生の顔に、邪悪めいた微笑が浮かんだ。
「そううまく行くかどうか。 人の気持ちは変わるもんだ。 また足の引っ張り合いになる可能性はあるから、油断はしない」
やれやれ。 機密費は減りはしても、無くなることはなさそうだ。 香南は男社会の権力闘争に思いを馳せ、キツイなぁ、といささか同情した。
二十人ほどの特別な来客たちは、今ではすべてテーブルに着いて、ボーイが持って回るトレイからシャンパンやルートビア、コーク、ジュースなど好きな飲み物を取り、なごやかにくつろいでいた。
その中には、十五分ほど前に来た香南の両親も当然いた。 兄は、呉に義理立てしたのか、出席しなかった。 兄嫁の由加里は来たかったらしく、電話で盛んにぶーたれていた。
また、蔦生の家族代わりとして、広山医師がもう一人の友人と連れ立ってやってきた。 彼は右前方テーブルにいて、香南と目が合うとニコッと笑った。 香南も笑顔で会釈した。
座が落ち着いたところで、音楽が一度止んだ。
蔦生は香南の手を取り、正面に設置された低い段に並んで乗った。 二人が一礼すると、客席から一斉に拍手が起きた。
挨拶の場数を踏んでいる蔦生だが、さすがに緊張したらしく、香南の手を握った指が汗ばんでいた。
それでも、第一声は深い立派な響きで、会場の後ろまでしっかりと届いた。
「今日は私たち二人の結婚披露宴においで頂き、ありがとうございます。
私たちは六月六日に入籍を済ませ、共に生活し、二人で家庭を一から作ってきました。 いろいろ話し合い、試行錯誤も繰り返しましたが、これほど楽しかった日々はありません」
そこで彼は言葉を切って、横に佇む香南に顔を向けた。
「彼女を褒め称えたいんですけど、恥ずかしいから止めてくれと言われました。 それで、一つだけ語らせていただきます。
十六で家族を事故で失くしたとき、もう要らないと思いました。 あの包み込むような安心感が、一瞬で消えてしまった恐ろしさは、口に言い表せないほどのショックでした。
また失うのは耐えられないと、臆病になりました。 最初の妻のときは、傷がまだ生々しくて、充分に心を開けませんでした。 うまく行かなかったのは私の責任が大きいとわかっています。
でも、この人は……」
また一瞬言葉が途切れた。 彼の気持ちがかってないほど高ぶっているのを感じて、香南は握っている手にそっと力を込めた。
「私を心から笑わせてくれました。 緊張をほぐし、芯からリラックスさせてくれました。
彼女が大好きです。 もし万一、この人が地上から消えてしまうことがあれば、きっと私も我慢できなくて、ついていきます」
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