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表紙

crimson sunrise
―エピローグ4―

 蔦生は、ぐっと息を詰めた。
 今のは、秀紀が初めて口に出して認めた罪の意識だった。
 その瞬間、蔦生は焼けるような怒りにたぎった。 目の前にいる男を、殴って、殴って、殴りぬいてやりたかった。
 両の拳を力まかせに握って耐えているうちに、血の色がなくなって青くなった。 蔦生が小刻みに全身を震わせているのを、秀紀は怯えた目でちらちらと眺め、いっそう小さく声を落とした。
「ちょっとだけ操縦させてくれるって言われたんで、喜んで代わったんだ。 でも、カーブを曲がるときハンドルを切りすぎた。 岸が迫ってきて、パニクって、何だかわからなくなって……」
 蔦生は目をつぶった。 縮こまっている秀紀を視野に入れたくなかった。
 だが、爪が手のひらに食い込む不快な感覚が強まるにつれ、一つの思いが浮かんできた。
──認めた。 本当に認めたんだ。
 こいつにとっては、どんなに勇気が要っただろう──
 しかも、今の勇気だけでなく、将来の不利も覚悟しなければならなかったはずだ。 蔦生に責められたら、もう言い訳できないのだから。
 甘やかされたバカとしか思わなかったが、こいつにも良心はあったんだ──そう知るのは、悔しさの中に、ほっとする思いがあった。 秀紀は、蔦生の家族の死を軽く見ていたわけではなかったのだ。 秀紀なりに辛い気持ちだったのだろう。 あくまでも、彼なりに、だが。


「許すとは言わないぞ」
 蔦生は歯を食いしばって呟いた。
 秀樹は反応せず、黙って立っていた。
 蔦生は、迫る息をなんとか収めながら言い終えた。
「俺は死ななかったし、軽い怪我で済んだんだから。
 許す権利があるのは、親と妹だ。 命日に、一緒に墓参りへ来てくれ」


 秀紀は、勢いよく顔を上げた。
 よほど驚いた表情で、彼は蔦生の横顔を穴があくほど凝視した。
「行って……いいのか?」
「いいっていうより、来る義務があるだろう」
「うん」
 その返事は、即座に出た。 もぐもぐと口を動かしたが、それ以上声を出すことはできず、秀紀は蔦生の脇を擦るようにして、会場内に入っていった。
 その前に、小さく頭を下げてから。




 香南は、先に行った足を止めて、二人を花台の傍から見守っていた。
 話の内容はまったく聞こえなかったが、想像はついた。 やっぱり秀紀さんはあやまった、と思い、はらはらして動悸が早くなった。
 男たちの話し合いは、短かった。 三分も経たずに、秀樹が離れた。
 二人とも緊張でざらついた顔になっている。 喧嘩別れだろうか。 今日は一生一度の披露宴なのに。
 香南が不安に駆られていると、タキシードの襟元をつくろってから、蔦生が近づいてきた。
 彼の眼には、不思議な光が宿っていた。 そして、表情が明らかに和らいできていた。






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