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表紙

crimson sunrise
―エピローグ1―

 その夏は、不順な気候の梅雨時が終わるあたりで、猛烈な暑さに見舞われた。
 でも、蔦生と香南は、彼の休日に必ず連れ立って、建設中の『我が家』を見に行った。 この付近では広い百十二坪の敷地に、二階建て地下室付きの6DKが建つ予定だった。
 青いシートに覆われた建築現場は、訪れる度に少しずつ柱が増え、床が現われ、壁で仕切られた。 初めは舞台のセットを裏から見ているようだったのが、秋の深まる頃には外装に取りかかって、見違えるほど立派になった。


 新居の建設と同時に、披露宴の準備も進んだ。 両方では若い香南が参ってしまうのではないかと、蔦生が心配して、ウェディング・プランナーに依頼しようとしたが、思わぬところに助け手が見つかった。
 香南の趣味仲間たちだ。
 立花千寿の娘の由布子は宝石のデザインを仕事にしていて、ブライダル関係に詳しかった。 彼女の紹介で氏家〔うじいえ〕というイベント・コーディネーターに会った香南と蔦生は、彼とその夫人の人柄とセンスに惹かれて、夫妻に宴の準備を任せることにした。


 披露宴は、蔦生の会社が保有しているホールで、十一月末の吉日に行なわれることが決まった。
 家の完成が少し遅れ、十月半ばの予定になったので、引越しを済ませてからということにしたのだ。
「やっぱり式が終わったら、新しい家に帰りたいもんな」
「うん」
 夏の間に少しずつ荷造りをやっていた香南は、余裕しゃくしゃくだった。 こういうとき、蔦生も部屋を借りていたのが役に立った。 かさばる荷物は一階にある彼の部屋に移し、いったん保管しておけるからだ。
 だから香南はのんびりと自分の部屋を片付け、持っていくものと捨てるものを念入りに調べて分けた。 ときには座り込んで、時間を忘れて昔の雑誌や手紙に読みふけったりした。
 もう、暇を持て余して寂しい思いをすることはなかった。 一段と仲良くなった由布子や千寿、それに広井幸恵もよくやってきて、整理を手伝ってくれ、気分転換にと『お茶とチャットの集い』に連れ出してくれた。


 九月になってから、香南は元仕事仲間の山田桜に連絡を取り、ベイエリアで待ち合わせた。
 じかに招待状を手渡されて、桜は目一杯喜んだ。
「おっ、ほんとに覚えててくれたん?」
「当り前だよ〜。 日曜日なんだけど、来てくれる?」
「もちろん! 早く渡してくれたから、充分予定立てられる。 葉子〔ようこ〕も行きたいって言ってたけど、電話あった?」
「まだない。 来てくれるなら嬉しい。 ここにもう一枚持ってるから、葉子の住所わかれば」
「わざわざ郵便で送ることないよ。 今度会ったときに渡しとく」
「ありがとう! ね、久しぶりに会ったから、いろんなこと聞きたい。 お茶するか、ちょっと早いけど何か食べない?」
「いいねー。 こないだミキちゃんと食べた店がすごい良い味だったのよ。 行ってみる?」
「うん、行こう」
 二人はいそいそと、肩をぶつけ合いながらレンガの小道を歩いていった。







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