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―138―
午後一時前に、蔦生から電話がかかってきた。 事態を予測していたらしく、なんだか申し訳なさそうな口調だった。
「入籍したの知られちゃってさ」
「うん」
「そっちも騒ぎになった?」
「あちこちからお祝いの配達が来て、すごかった」
「ああ……取引先の会社からとかだろう? 大変だったな」
「もうほとんど収まったから」
間が悪く、そのとき玄関のチャイムが鳴った。 電話の向こうで、蔦生が聞きつけて唸った。
「また来たらしいよ」
「そうね」
「本物の宅配かどうか、気をつけて。 あの女には釘刺しておいたが、好奇心で別の悪い奴が来るかもしれない」
「わかった。 用心する」
「じゃ、できるだけ早く帰るから」
「はい」
またチャイムが促すように鳴らされた。 香南は急いで電話を置くと、玄関に走った。
その後も、さみだれ式に配達や祝電が続き、香南は午後の買い物を諦めた。 ポストには、一流ホテルでの披露宴や、豪華海外旅行のパンフレットが、ぎっしりと詰め込まれた。
初めて香南は、シンデレラ気分を味わった。 注目されていると思うと、胃の辺りが熱くなるような心地よさが、確かにあった。
床にペタンと座って、香南はモンステラ模様のキルト・クッションを取り上げ、ぎゅっと抱きしめて顔を埋めた。 大物に愛されている幸福感が、全身を光のように包んだ。
約束を守り、蔦生は夜の七時半に帰宅した。
香南はホッとして、ただいまーと言いながら彼が入ってくると、すぐ飛んでいった。
「おかえりなさーい! そっちも大変だった?」
「まあまあ。 荷物たくさん届いたんだ? 後で整理して、披露宴に呼ぶ名簿作らなきゃな」
そう言いながら、蔦生は香南の肩に腕を回し、寄りかかるようにして短い廊下を歩いた。
「今度のことで、摂津の口が固いのがわかったよ。 あいつには初めから知らせてたんだが、どこにも伝わってなかったらしい。 大したもんだ」
「私もあの人好き。 電話で話したとき、感じよかった」
とたんに蔦生はむきになった。
「好き? 僕には一度も言ってくれないのに、あいつには言う?」
「えー?」
その剣幕に、香南はびっくりして目をぱちぱちさせた。
「そんな。 比べないでよ。 好きの重さが全然違うでしょ?」
二人はもう居間に入って、ローテーブルの横に立っていた。 改めて香南を正面から抱き寄せると、蔦生は妻の頭のてっぺんに唇をつけた。
「なんかこう、もやもやしてるものがあるんだよな」
「何が?」
香南は顔を仰向けて尋ねた。 蔦生は今度、鼻の頭にチュッとキスし、両頬を撫でた。
「力技で結婚に持ち込んだだろう? 君の気持ちが、本当はどうだったのか、気になって」
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