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―136―
その夜、香南はチャーハンを作った。 唯一の得意料理といえるもので、独身時代からこれだけは自信があった。
蔦生にそう前置きしてフライパンを用意していると、彼も言い出した。
「僕も一つだけ上手なのがある」
「なに?」
「天ぷら。 野菜と海老の掻き揚げなんか、よく作った」
ということで、蔦生は軽い足取りで近所に買い物に出かけ、二十分後には材料と小さな天ぷら鍋を仕入れてきて、香南の横で手際よく揚げ始めた。
狭いキッチンで並んで料理をすると、ふと学生時代の部活に戻ったような気分になった。 蔦生も似た状況を思い出していたようで、早くもキッチンペーパーの上にずらりと黄金色の天ぷらを並べながら、楽しげに語った。
「打ち上げにバーベキューパーティーって、よくやるけど、僕たちはフライ・パーティーってのをやったんだよ。
購買で油買って、コンロの小さいやつを第二実験室に持ち込んで、串カツもどきとか、いろんなの作って。
マシュマロなんかまで揚げてる奴がいたよ。 あれは焼くんじゃなかった?」
「そうなの? どんな味だった?」
「いやー、油っぽいマシュマロ」
「だよねー」
二人はクスクス笑った。
小さいキッチンはエアコンがないから、すぐ暑くなった。 でも二人は狭い空間でごちゃごちゃしているのが楽しくて、手持ちの食材がなくなるまで料理し続けた。
結果は、小山のような大盛りチャーハンと、象に食わせるほどの掻き揚げの列だった。
リビングのテーブルに載せきれなくて、床にまで並んだ。 ざっと見渡した後、蔦生が苦笑交じりに呟いた。
「一週間は天ぷら責めになりそうだな」
汗を拭きながら、香南が陽気に答えた。
「形がいいし、カリッと揚がってるよ。 さっき味見したらおいしかったし。
ね、包んで会社に持ってったら? 摂津さんに上げるとか?」
「あー、それはいいかも」
蔦生は意地悪そうな笑顔に変わった。
天ぷらは本当に美味だったし、チャーハンもうまくできた。
二人してたっぷりと詰め込んだ後、香南は瞼が重くなった。 やはり激動の一日が疲れとなって、今ごろ襲ってきたらしい。
低いカウチの上で、蔦生に寄りかかって明日の予定を聞いているうちに、ふっと意識が途切れた。
いったん目が覚めたのは、真夜中を回った頃だった。
辺りは真っ暗で、静けさに満ちていた。 丸い掛け時計の秒針音が聞こえるはずだが、慣れてしまっていて感じない。 ゆっくり寝返りを打とうとすると、背中に置かれた腕に当たって、引き止められた。
横で蔦生が頭を動かし、目を開いた。
「起きた?」
「うん……私、いつ寝ちゃった?」
「九時前かな。 気分悪くないか?」
香南は黙り、あちこちをちょっと動かして、点検してみた。
「何ともない。 どこも痛くないのは確か」
蔦生は見るからにホッとした。
「また気絶が再発したのかどうか、心配した」
「ちがうよ。 ちがうと思う」
そう言って、香南は夫にチュッとキスした。
「心配させてごめんね。 今日仕事できなかったから、明日は忙しいんでしょう? よく寝なきゃね」
「あやまるなよ。 僕が兼光を甘く見てたせいで、あんなことになったんだから。
今度はガツンとやってやる。 あいつが二度と君の前に出てこられないようにするから」
「店を開きたいって言ってたわ。 そのためにお金が要るんだって」
「夢を持つのは勝手だけどな」
蔦生はいがむように唸った。
「まともな資金計画もなしに始めたら、すぐ行き詰まる。 まして人の金を当てにしてるようじゃ」
「あなたからは、お金よりアドバイスをもらったほうが、将来のためになったかも」
「あいつになんか教えてやんない」
蔦生はバッサリ切り捨て、香南を抱えてうずくまった。
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