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―134―
ひどい思いをさせたから、今日は君の好きな店に寄ろう、と蔦生が言ってくれた。
だから、香南は思い切って選んだ。
普通のファミリーレストランを。
「ファミレスって、名前の通り家族で来るでしょ? そういうの、憧れてたんだ、ちょっと」
予想していたチノパンやTシャツ姿の庶民亭主ではなく、体に添った高級スーツで決めたハイソな夫だが、蔦生は間違いなく香南の家族で、今では誰よりも信頼できる大切な連れ合いだった。
その気持ちがわかったらしく、蔦生はほっとした表情で口元を緩めた。
「家族だよな。 まちがいなく」
自分と香南の心に刻みこませるような、ゆっくりした深い声だった。
香南のちょっとした不安は当たった。 蔦生は見るからに、日常的なファミレスの店内では浮いていた。
だが、本人はまったく気にかけず、くつろいでハンバーグをぱくぱくと食べた。 香南は思ったより食欲が出なかったが、小さめのドリアを頼んだので、なんとか食べ切ることができた。
外は薄曇で、気温はちょうどいいぐらいだった。 右横のテーブルでは、子供が二人母親に連れられて来ていて、はしゃぎながらカードの見せっこをしていた。
食後のカフェオレを飲んでいるうちに、香南は次第に瞼が重くなってきた。 男の子たちのかわいい笑い声、食器に触れるカトラリーの小さな音、小波のように高低が変わる大人たちの会話。 食事時のくつろぎに、解放されて夫と共にいる安心感が加わって、疲れが今ごろになって、じんわりと体を重くした。
目が半ば閉じかけたとき、蔦生が肘に触れて、上半身が横に倒れるのを防いだ。
「もう十五分起きててくれ。 一箇所だけ寄って、アパートに帰ろう」
帰る──なんて素晴らしい提案。 香南はぼんやり頷き、泳ぐように出入り口へ向かった。
上等な車は揺れが少ない。
蔦生の車の助手席に座って、香南はすべるように運ばれていった。 あまり乗り心地がいいので、また眠くなりそうだ。 この機会に、香南は蔦生に訊こうと決めた。
「あのね」
「なに?」
まっすぐ前方を見たまま、蔦生はすぐに問い返した。 口笛でも吹きそうな表情をしている。 彼がこんなに明るいのを、香南は初めて見た。
せっかく和やかな空気を壊したくなかったが、香南は言葉を選んで尋ねた。
「兼光さんだけど、彼女、行矢さんの恋人だったことある?」
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