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表紙

crimson sunrise
―131―

 とたんに兼光は、しゃんとなった。 いくら辣腕の蔦生でも、自分には目こぼししてくれるだろう、という甘い考えが、吹き飛んだようだった。
「警察……?」
「当然だ」
 蔦生の声は、南極並みに冷やかだった。
「自分が何したか考えてみろ。 ここに部外者の証人もいる」
 彼が手で○○安全サービスの職員達を指すのを見て、兼光は床にペタンと座ったまま、ずるずると後ずさった。
「違うの。 私……私たち、社長の奥さんと話したかっただけで……」
「そんな違法のスプレーで意識不明にして、ここまで連れてきておいて!」
「こ、これは東南アジアで知り合った子に貰ったのよ。 パーティーのいたずらに使えると思って」
「貰った? 買ったんだろう? 誘拐罪が懲役何年か知ってるか?」


 容赦なく問い詰められて、兼光は風にあおられた木の葉のように震え出した。
 蔦生は彼女の襟首を掴み、猫でも扱うように、簡単に吊り上げて立たせた。 細身の割には、凄い力だった。
「二度と俺達の前に姿を現わすな。 いいか!
 チラッとでも出てきたら、すぐ告訴する。 それに、俺の大事な嫁さんや、この職員さんたちに後遺症が出たら、その時もだ」
 恐怖に口を開けて、兼光は何度も頷いた。 そのしょぼくれた姿は、紐のからまった操り人形を思わせた。


 サービスの搬送車には代行運転者を頼み、一同は蔦生の車に乗って、久山医師の病院へ行った。 大型車なので、六人が座ってもなおゆったりしていた。
 検査の結果は、幸いにも特に異状なしだった。
「スプレー缶に中身の記述はないが、たぶんエチルクロラルだと思う。 後で分析して、結果を知らせるよ」
「ありがとう。 また妙なことで時間取らせて悪いな」
「いいって。 俺も将来なんかあったら頼らせてもらうし」
 そう言って、久山は少年のような笑い顔を見せた。
「おまえみたいな大物が友達だと、それだけで箔がつくんだぜ」
「なんだよそれ」
 長年の学校友達に現実的なことを言われて、蔦生はちょっと鼻白んだ。 久山の笑顔が大きくなった。
「冗談。 おまえいつもコソコソ来るから、誰も知らねえよ」
「ああ、そうか」
 蔦生の顔にも、思わず苦笑がこぼれた。










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