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表紙

crimson sunrise
―130―

 騒ぎの後、ふと音声が途切れたそのときに、低い口笛が聞こえた。
 買い物に出された兼光弟が、任務を果たして帰ってきたらしい。 香南は急いで、ささやき声で三人の男性に伝えた。
 咳が出ないように片手で口を抑えながら、○○安全サービスの二人が、意識のない兼光を引っ張って、入り口から奥に移した。
 同時に、蔦生と香南も立ち上がって、ドアの陰に隠れた。 何も知らない弟は、のんびりした足取りで、開いたままの戸口に足を踏み込んで、そこで立ち止まった。
「あれ……」
 怪しい気配を感じて右に首を回すと、しゃがみこんだ係員の一人と目が合った。 瞬間見つめ合った後、弟は手に持っていたコンビニ袋を係員に投げつけ、くるりと回転して、一目散に逃げ出した。


 反射的に袋を受け止めて胸に抱いたまま、係員Aは溜息をつき、ついでに小さく咳こんだ。
「ふー、よかった。 気の弱そうな奴で」
 もう一人はだいぶ元気を回復したらしく、弟を追うかどうかためらって、蔦生の顔を見た。
 蔦生は厳しい表情のまま、横に首を振った。
「放っておいて大丈夫です。 逃げても正体はわかってますから」
 それから携帯を出して二言三言話すと、彼は兼光を囲んで座っている係員に向き直った。
「お世話になりました。 妻の話だと、ただの催眠スプレーのようですが、念のためお二人も知り合いの病院へお連れして、検査しましょう」
 二人の係員は、ややおぼつかない足取りで立ち上がった。
「いや、ほんとはこっちが搬送する立場なんですが」
「運転は、ちょっと無理そうですね。 この女のせいで」
 蔦生は、まだ床に丸まっている兼光を睨んだ。 その視線が、ポリ袋からはみ出している水のボトルに移動した。
「お、いいものがあった。 これで目を覚ましてもらおう」


 静かに激怒している蔦生は、ボトルの水をそのまま兼光にふりかけそうだった。 それで、香南が先にボトルを拾い、ポケットからミニタオルを出して、水を含ませてから兼光の顔を拭いた。
 つけ睫毛が片方取れたところで、兼光は意識を取り戻した。
「え……何? 冷たい」
「自分でスプレー吸っちゃったのよ」
 香南は簡単に説明してやった。
「さあ、立って」
 とたんに兼光は、顔をくしゃくしゃにした。
「頭痛い……。 まぶしい。 目がチカチカする〜」
 蔦生は、膝をついた香南の背後にいたが、我慢できなくなって体を折ると、氷のような声を出した。
「早く立て! うだうだ言ってないで。 立って自分の足で歩かないなら、今すぐ警察を呼ぶぞ!」








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