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表紙

crimson sunrise
―128―

 夢は持っていいにしても、実現させるための手段はあまりにもお粗末だ。
 香南は、閉まっているが鍵はかけていないドアを、ちらっと眺めた。 そして、時間稼ぎに質問した。
「最初あなたと会ったとき、行矢さんと別れさせようとしたよね?」
「まあね」
 ちょっと申し訳なさそうに、兼光はぎこちない笑いを浮かべた。
「秀紀社長が、別れさせたら行矢社長にダメージを与えられるし、あなたのためにもなると言ったから」
「私のため〜?」
「そう」
 嘘ではないらしく、兼光は切れ長な眼を丸く見張って、訴えるように見返した。
「あなたって、秀樹社長の奥さんそっくりじゃない? だから……」
 うんざりして、香南は途中で割り込んだ。
「身代わりにされた。 でも本人じゃないんで、すぐ飽きられるっていうんでしょう?」
「そう……」
 兼光の声がか細くなった。
「私、それをあのとき言おうとしてたのよ。 行矢社長は冷血でビジネスライクな人だから、本気で惚れたら泣きを見るって、忠告するつもりだったの。
 なのに、あなたが消火器なんか持ち出して……」
「悪かった。 かぶれたんだって? やり過ぎた、確かに」
 奇妙な流れになってきた。 誘拐犯と被害者が、仲良く作業台に座って話し合っているこの状況は……。
 兼光は脚をもじもじさせて、無邪気なぐらいの口調で言った。
「いいよー、もう。 腹立って嫌がらせに走っちゃったけど、それでよーくわかった。
 私も、秀紀社長も間違ってたね。 行矢社長はマジであなたに夢中なのね。
 だから、かぶれた損害賠償は、行矢社長から貰うことにしたの」


 ドアノブの意地悪は、この人か。
 あのしつっこさは問題だ。 文句を言ってやろうとして、香南が息を吸い込んだそのとき、男の呼び声がかすかに聞こえた。
「もしもし、もしもーし、○○安全サービスですが」
 兼光が固まった。
「え? このボロ工場に来る人なんているの?」
 彼女がうろたえている間に、香南は作業台をすべり下りて、大声で叫び返した。
「ここでーす! 早く来てくださーい!」
「なに?」
 仰天した兼光が、台から飛び降りて戸口に立ちふさがった。
 香南は兼光と揉み合いながら、声を出しつづけた。
「こっちですー! どの部屋かわからないけど、ここにいまーす!」
「今行きますから、じっとしていてくださいね」
 男の声と複数の足音が、凄い勢いで近づいてきた。







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