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表紙

crimson sunrise
―126―

 圧倒された兼光邦代は、助けを求めて視線を横に動かした。
 そこで、相棒の弟を買い物に出したことを思い出し、パニックになって香南にしがみつかんばかりに頼んだ。
「待って。 落ち着いてよ、ね? 詳しく話すから」
 弟が戻ってくるまで時間稼ぎをしているな、と香南はすぐ気づいたが、ここは言うことを聞いてやることにした。 切り札なら、こっちにだってあるんだ。
「ともかく、座ろうよ」
 唾を飲み込みながら、邦代は提案した。 今や優勢なのは香南のほうだ。 油断して足をすくわれないよう、邦代から目を離さずに、香南は頷いた。


 長方形の部屋に、まともな椅子は存在しなかった。 壊れたもの以外は、みな備品として売られてしまったのだろう。
 二人は並んで、チョコンと作業台に腰かけた。 足が床に届かず宙に浮くので、電線の雀になったような気がした。
 自分の履くスニーカーの爪先に視線を当てたまま、邦代はぽつぽつ話し出した。
「私、高島って名前じゃないの。 あのときはそう言ったけど」
「知ってる」
 香南はにべもなく言った。
「うん、知ってるって私も思った。 ご主人の行矢社長に聞いたんでしょう?」
 そこで邦代は、小さく溜息をついた。
「彼、あなたみたいなのがタイプだったんだね。 私には全然理解できなくってね。 秀紀社長の言う通り、血も涙もない復讐のオニだと思ってた」
 そんな人じゃない! 香南は孤独だった蔦生の長い年月を思い、怒りがこみあげた。
「秀紀さん、よく言うわ! 誰のせいでそんなことに……」
「だから〜」
 邦代は懸命に遮った。
「悪いと思ってるんだって! そう言ってたもの、私に。
 ほんとはお詫びしたかったのに、周りがさせてくれなかったらしいよ」
「それは言い訳……」
「じゃない。 ほんとの本気。 いつぶった切られるか毎日びくびくしてるより、土下座してもあやまっちゃったほうが遥かに楽だと言ってたもの」


 香南はしばらく邦代の横顔を見つめていた。
 秀樹は、妻と愛人の両方に、自分が過失致死の罪を犯したことを認めている。 居直ってふてぶてしくしているほどの悪党ではないのだ。 むしろ、長年の確執に身も心もすり減って、逆切れ寸前なのかもしれなかった。
 言葉を選びながら、香南は訊いてみた。
「それで、あやまり切れないから、秀紀さんは私をさらって行矢さんと取引しようとしてるの?」
 邦代は空中にある足をブラブラさせ、むくれた声で答えた。
「秀紀社長は関係ない。 今度は私が考えた」
「誘拐を?」
 あんたバカでしょ、と言いたいのを我慢して、香南は説明してやった。
「誘拐してうまく現金を受け取った犯人は、日本では一人もいないのよ。 金もうけなんて絶対に無理」
 意外にも、邦代はケロッとしていた。
「私は大丈夫。 行矢社長はカンカンに怒るかもしれないけど、私を訴えることはできないから」







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