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表紙

crimson sunrise
―123―

 瞼が信じられないほど重かった。
 それに、凄い耳鳴りがする。 顔のすぐ横で、下手なブラスバンドが合同練習をしているんじゃないかと思うほどひどくて、香南はあえぎながら頭を振った。
 すると今度は、吐き気がしてきた。 仰向けに横たわっているのはわかったので、また失神したのだと悟った。 意識がない彼女を、誰かが寝かせてくれたのだろう。
 礼を言わなくちゃ。  全身がだるく、辛かったが、香南はなんとか肘に力を入れて体を起こした。


 精一杯の努力で目を開けると、灰色の室内が見えた。 味気なく並ぶ四角の窓、ボルトとナットで繋がった長い棚、ばらばらに置かれた大きな作業台。 その上には、機械を取り外した白っぽい跡が、あちこちについていた。
 香南は、のろのろと向きを変えて、台から膝を下ろし、端に腰かけた。 まだ目が回っていて、部屋が頼りなく揺れたが、吐き気は何とか収まってきた。
 周囲は静まりかえっている。 不気味なほどの沈黙で、埃の無機質な臭いがかすかにただよっていた。


 ここはどこだろう。
 見覚えのない場所だった。 アパートの近所ではない。 こんな作業場はないはずだ。
 すぐに、心臓がどきどきしてきた。
 ここは、たぶん廃工場だ。
 誰かがわざわざ香南を運んできて、作業台に横たえたのだ。
 つまり、これは誘拐だ……!!
 香南は、首が痛むのを我慢して、ぐるりと見渡した。 学校の教室ぐらいある広い部屋に、人影は見当たらなかった。


 不幸中の幸いで、香南はどこも縛られていなかった。 逃げるなら今だ!
 そっと台からすべり降りると、二つあるドアのうち、近いほうに走り寄った。 だが、わずかに動くだけで開かない。 外側で金属音がするから、表に錠をかけているのだろう。
 香南はがっかりした。 それでも残った出口に行って試してみたが、やはり同じ金属音がして、僅かな隙間が開くだけだった。
 北向きに作られているらしく、部屋は薄暗い。 ドアの隙間に挟んでこじ開ける道具はないかと、香南はしらみつぶしに調べた。
 やがて、窓に近い作業台の下に、ハンディーポーチが落ちているのを見つけた。 家を出るときには、いつも肩に下げていくものだ。 なにしろ玄関にロックするので、鍵を持っていかないと自宅に入れなくなる。 その他には、蔦生に渡された予備の携帯電話や小銭入れ、ハンカチなどを常備していた。
 くしゃっとなったポーチを発見したとたん、希望が芽生えた。 香南は慌しく拾い上げ、中を調べた。
 思ったとおり、携帯はなくなっていた。 外部に連絡されたくないだろうから当然だ。
 だが、他の物はすべて残されていた。 ネコの模様のついた袋に入れた、あれも。 誘拐犯人は急いでいたのだろうか。 わざわざ袋を開けて中身を調べなかったらしい。
 香南は握り拳を作って、一人気合を入れた。


 よっしゃ〜!
 





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