表紙目次文頭前頁次頁
表紙

crimson sunrise
―122―

 念のため、覗き窓からチラッと外を見た。
 確かに配達人らしい男性が立っている。 香南は、少し用心しながら鍵を開けた。
 中肉中背の三十代ぐらいらしい男性は、差し渡し二十センチぐらいの小さなダンボール箱を持っていて、香南にボールペンを差し出した。 受け取りにサインしながら、香南は箱に貼られたラベルの小さな字を眺めた。
 ──世田谷区松原4の○○の××、蔦生江実…… ──
 江実さんから?
 驚くと同時に何だか嬉しくなって、香南は配達人に笑顔で礼を言うと、すぐ部屋に持っていった。


 だが、テープをはがして開いた瞬間に、香南はワッと叫んで反射的に箱を放り出した。
 白く光るパッキンの中に埋め込まれていたのは、灰色のネズミの死体だったのだ。
 あまりの気持ち悪さに、香南はその場でウサギのように飛び跳ねた。
「やだ、やだーっ! 何? 何、この不潔な……!」
 箱は、きれいに片付けたリビングの隅に転がり、だらりとした尻尾と尻の一部が、縁からはみ出しそうになっていた。 香南は吐き気をもよおして、口に強く手を当てた。
「もう嫌だ、最低!」
 送り主は江実さんじゃない。 それは断言できた。 こんな悪意ある悪戯をする人柄ではないし、わざわざ自分の名で送りつけてくるほどバカでもない。
 ドアノブに袋を下げて嫌がらせする、あの正体不明のストーカーがやったにきまってる!

 香南は、文字通りムカついた。
 こんなものを家の中に置いておくなんて、我慢できない。 たとえ生ゴミ容器の奥の奥でも、絶対にイヤだ!
 できるだけ中身を見ないようにして、香南はダンボール箱の端を少しだけ掴んで持ち上げ、丸ごと不透明なゴミ袋に突っ込んだ。
 それから、袋の口をがっちり縛り、持ち手をつまむようにして下げて、玄関の戸棚から小さなシャベルを出すと、ドアを開けた。


 アパートの前庭はコンクリートと人口大理石のプランターで占められていて、地面はない。 それに、こっそり穴を掘ってネズミを埋めたりしたら、絶対人目について怒られる。
 香南は、網を張ったゴミ集積場を横目で眺めた。 残念ながら、燃えるゴミは月曜と木曜で、明日はペットボトルしか集めない。
 アパートの敷地内で、地面が見えているのは駐車場の裏だけだった。 しかたなく、ゴミ袋をできるだけ体から離して、香南は駐車場を仕切る壁を回り、裏口に通じる狭い空間に入っていった。
 長方形の敷石が交互に並んでいる横に、アジサイが三株植わっている。 真中の株の根元が柔らかそうだったので、香南は膝を折って、根っこを痛めないように注意しながら土を掘り始めた。
 穴そのものはすぐ掘れた。 でも、袋に触れずにネズミを出すのに手間取った。 振っても振っても、だらんと伸びた体の一部が袋の口に引っかかってしまうのだ。
 こうなったら、もう袋ごと埋めちゃおうか、と心を決めた、まさにその時、いきなり目の前に何かが突き出された。
 はっとして後ろへよけようとした瞬間、激しいシューッという音がして、香南は激しく目がくらんだ。





表紙 目次文頭前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送