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表紙

crimson sunrise
―118―


 そのことで秀紀と喧嘩したのだと、江実は言った。
「事故を起こしたこと、もう認めたら? って秀紀に言ったの。 あれは過失だったわけだから。 わざとやったんじゃないんだから、過ちを認めて心から詫びれば、行矢さんの気持ちも慰められて、落ち着くんじゃないかって。
 そしたら、カッとなって怒鳴り出したの。 見当違いの焼餅焼いて、行矢さんに頼まれたんだろうとか言い出して。 もうほんとに、単細胞で困るわ」
 どうやら江実は、根回しなしでずばり相手の弱点へ突っ込んだらしい。 すごい直球勝負だ。 はらはらしながらも、香南は裏表のない江実に尊敬の気持ちさえ抱いた。
「彼たちを休戦させたかったのよ。 別に頼まれてないけど。 だって、どっちも損じゃない。 同じ系列の会社なのに、足の引っ張り合いばかりしてて。
 だいたい、元は秀紀のお母さんに問題ありなのよ。 息子をむちゃくちゃ庇って、お父さんに泣きついて替え玉立ててもらったの。
 あれは秀紀が企んだことじゃない。 代理で刑務所に入った人に、直接聞いたんだから確か」
 一気に説明して、江実は肩で息をした。
「秀紀は気が小さいの。 だから逃げて、ずっと後悔してる。
 今でも夜にうなされて寝言言ってることがある。 仕返しされるのが怖くて怯えてるだけだろって、行矢さんは言うけどね。 やっぱり申し訳ないと感じてるんでしょ。 私はそう思う」


 二人の間に沈黙が落ちた。
 両家の溝を埋めたいという江実の気持ちはわかる。 だが、香南には何といっても蔦生の心が第一だった。 それに、秀紀には嫌な思いをさせられている。 蔦生の気持ちを逆撫でしてまで、秀紀を弁護するつもりはなかった。
 江実は、淡い微笑を浮かべて、香南と目を合わせた。
「急に来てこんなこと言って、ごめんね。 つい熱くなってしまった。 親戚のご挨拶をしに来ただけだったのに」
「喧嘩してても、秀紀さんのために話したんですね?」
 穏やかな香南の口調に、江実は感情がこみあげてきた様子で、激しく瞬きした。
「ほんとだ。 秀紀の悪口であなたと盛り上がって、ストレス解消してもよかったんだけど。
 なんかバカみたい……。
 でもね、秀紀って、あれで可愛いところあるのよ。 励ましてやれば素直に明るくなるし。 彼といると、ホコッとするんだ。 リラックスできるっていうか」


 帰りたいんだ、夫の元へ。


 香南は無意識に優しい眼差しになって、江実を見ていた。






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