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―115―
香南は、あっけに取られた。
江実といえば、蔦生のライバル秀紀の花嫁だ。 何不自由ない金持ちの娘でもある。 パンピー(=一般庶民)で、おまけに彼女のコピーかもしれない香南に、自分のほうから会いに来るなんて。
あまり意外だったため、かえって香南は勘ぐった。 上に立つ余裕で、様子を見に来たのではないかと。
ところで、二人の女に睨まれた呉は、身の置き所がなくなってきた。 いくら似ているとはいえ、一筋に追ってきたはずの相手を間違えたのは、致命的だった。
心配した通り、香南がその点を突いてきた。
「私の顔、忘れかけてたんだ」
「ちがうよ」
「ちがわない。 本当に好きだったら、顔なんか見なくても、ピンとわかるよ。 声だって似てないし、
私はもう、呉さんの心の中にはいない。 お互いに変わったの」
呉は一瞬考えた。 その間の取り方が、すでに退く時期を探していることを物語っていた。
やがて彼は、荒い鼻息を吐き、大きな音を立てて階段を駆け下りた。 そして、二人に見向きもしないで、まっすぐ表通りに消えていった。
二人の女は、同時に振り向いて、去っていく呉の背中を見送った。
それから、自然に目を見合わせた。 江実の肩が揺れ、すぐ笑い声が起こった。
「格好わる〜い」
香南もぎこちない笑顔になった。
「急にあんな人が出てきて、びっくりさせてごめんなさい」
「確かに驚いたけど」
江実は、さばさばした口調で答えた。
「うまく結末ついた感じ。 私も少しは役に立ったかな?」
香南は、ますます驚いた。 童顔の見かけと異なり、江実は豪快だ。 あっけらかんと何でも言う、やや天然なタイプに見えた。
江実は、ブランドの白いバッグから携帯を出して、時計表示を眺めた。
「いやー、あなたも専業主婦だっていうから、パッと来ちゃったの。 家にいるかなって思って。 もうこんな時間なんだ。 帰らなきゃ」
「待って」
香南は反射的に引き止めた。
「せっかく来てくれたんだから、コーヒーでも?」
アパートの中に興味あるだろうな、と香南は考えた。 しかし、江実はためらわずに首を振った。
「飲んで気持ちよく帰ってきたのに、部屋片付けたくないでしょ。 私なら絶対そうだ。
コーヒーならどっかその辺で飲もう。 行く?」
仕切られてる、と思いながらも、香南は何だかほのぼのしてきた。 こういうタイプは嫌いじゃない。 いや、むしろ好きだ。
行って、この心地よさが本物かどうか確かめよう、と、香南は決心した。
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