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―114―
香南は、まだ階段の途中で通せんぼしたまま、彼女のほうへ前のめりになって説得しようとしている呉の顔を、キッと睨みつけた。
相変わらずだ。 ちっとも反省していないし、むしろ身勝手ぶりが進行している。
「ちゃんと結婚してるわ。 二人で届を出してきたんだから」
呉も負けずに、むきになった。
「じゃ、手見せてみろよ。 指輪してないんだろ? 相手も独身ぶりたいってことだろ?」
「披露宴まで目立たなくしてるってだけ」
「へえ、そんなヤツに思いやりがあるのか?」
階段の途中で、それまで気配を消していた女性が、不意に声を発した。
「いいじゃないの。 もうあなたに関係ないんだから」
彼女のことを忘れていた呉だけでなく、香南も驚いて顔を上げた。
女性は呉の脇をすり抜けて階段を下りると、香南のすぐ横に立った。 彼女が近くに来て初めて、常夜灯の灯りで顔がはっきりと香南に見えた。
やだ、この人……!
香南は息を呑んだ。
実際、呼吸が苦しくなった。 呉が見間違ったのも無理はない。 その若い女性は、他ならぬ秀紀の妻の江実だったのだ。
江実は、香南と同じように足を踏ん張って立ち、呉を冷ややかに見上げた。
「そんなに自信ない? 次があると思えない? それだけイケメンで背も高いんだし、けっこう積極性あるし、いい相手がすぐ見つかると思うのに」
思いがけない言葉に勢いをそがれて、しばらく黙っていたあげく、呉はムスッとして呟いた。
「口で言うのは簡単だけどな」
「恋は簡単よ」
あっけらかんと、江実は続けた。
「私なんて、何回惚れたか。 逃げたり逃げられたりで、けっこう泣いたりもしたけど、もうなんかベテランになっちゃって、悟ったところで適当な相手見つけたわ。
あなたもワイドに楽しめば? また素敵な出会いが、きっとあるって」
平然とした江実と、白けた表情の香南を交互に見ながら、呉はのそのそと階段を下りてきた。
「そうやって並んでも、よく似てるな」
「そうね」
江実が、派手な笑顔を浮かべた。
「この人のダンナが、私に似た人と一緒になったと聞いて、ちょっと嬉しくなってね、今日は挨拶に来たのよ」
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